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14.最期は光になる

お読みいただきありがとうございます。

 ホッと息を吐き出しつつ、アマーリエは先ほどから幾度か繰り返されているフレーズを胸の中で転がした。


(慎ましい、控えめ、穏和……フレイムとラミルファ様って、神々の中では相当穏やかなのね)


 フレイムはともかく、ラミルファは神官府を盛大に爆破していたが――神の基準ではそれでも温厚なのだろう。何しろ、最下位の神でも地上を容易く消し飛ばせるのだ。その物差しで測れば、建物一つを吹っ飛ばすだけで済ませる高位神など、超絶に大人しい部類に入るはずだ。最高峰の神かつ生来の荒神にも関わらず、秀峰が単独で宥められたことも、その穏健さが一因だったのだろうか。


「葬邪神様と疫神様も、戦神様と闘神様については案じておられないようでした。強硬派の注視は煉神様にしていただくとして、とにかく遊運命神様を何とかしなくては、と仰っていました」


 アリステルが話を再開した。遊運命神がどうしても神域から出て来てくれなければ、最終手段として禍神に様子を見てもらう方法も検討しているそうだ。まさかの真の神格を出していたという状況でもない限り、最高神たる禍神の方が格上だ。格上の神ならば、主神の同意なく神域に入れる。


「防御壁がまた作動しなかったことをお伝えすると、驚いておられました。きちんと確認したのに何故だ、と」


 天界に還って神威を解放した葬邪神と疫神は、念のためにブレイズとルファリオンにも頼み、四柱がかりで聖威師たちを視て、守護の状態を点検したそうだ。


 地上でも時空神と共に確認したが、あの時は降臨中だったので神威を抑えていた。力を解放した状態ならば、隠れた異常が見付かるかもしれないと考えたのだ。だが、防御壁にはどこにも不具合はなく、正しく動いているという結論に達したらしい。


「引き続き遊運命神様とコンタクトが取れないか試してみるので、何かあればすぐに念話してくれと仰せでした。有事の際は飛んで行くから、と」

「そうか。にしても、悪神と通常の神が複数で確認しても正常だったのか。だが実際は反応しなかった……どうなってやがる」


 フレイムが頭をかいた。フロースとラミルファ、時空神も険しい顔で考え込んでいる。


「しばし雛たちを見守らねばならぬか。主神たちに連絡し、この件が落ち着くまでは自身の愛し子のことを絶えず視ておくよう伝えておこう。有事の際は守れるように」

「今の段階で取れる手段はそれしかありませんね。皇国の聖威師たちは上手い具合に一かたまりになっているようですし、こちらもこのまま全員で泊まりますか」


 ラミルファが肩を竦めて提案した。室内を見回したアマーリエは、同意を込めて頷く。


(そうね……ちょうど帝国の聖威師がそろっているもの。ラモスとディモスもいるわ。マーカスさんはこの前昇天されたし)


 マーカスのことを思い出したアマーリエは、瞳を伏せる。寿命の刻限の日、彼はフルードを中心とした聖威師に見守られながら、静かに最期の瞬間を迎えた。


 天威師や聖威師が擬人として逝く時、その体は光となって消える。悪神である奇跡の聖威師でも同じだ。悪神の生き餌としての愛し子はどうか知らないが。

 正真正銘の神であるマーカスも、骸を残さず粒子となって散った。神格を持つ者が昇天するところを見たのは初めてのアマーリエだったが、涙が出るほど神秘的な光景だった。


 別れの時、消えゆくマーカスはその姿を変貌させ、おっとりとした風貌の青年に転じた。本当は、老いることのない聖威師になった時点で、若い頃の形に戻っていたという。だが、残り寿命が半月しかなかったこともあり、神官たちの混乱を避けるため初老の姿のままでいたらしい。


 若々しい姿に変身した恩師に、懐かしそうな顔をしたフルードが静かに語りかけた。『先生、すぐにまた会えますよ。僕も間も無く逝きますから』と。それを聞いたマーカスは、切なげな痛ましげな目でかつての教え子を見ていた。


「…………」


 そっとフルードを見ると、明らかに血色が悪い。フレイムとラミルファが回復の神威をかけてすら、追いつかないのだ。神威ならば寿命を伸ばすこともできるが、聖威師に天命を超えた延命措置を施すことは認められない。


「宿泊棟の大部屋が幾つか空いていますから、皆でそちらに移りましょう。神官長室と補佐室には、部屋を留守にするので何かあれば念話で報せるようにと書いた伝言ボードを置いておきます」


 オーネリアが賛成した。アシュトンがアマーリエとリーリア、ルルアージュに目を向ける。


「この状況だ、全員同室でも構わないか。主神以外の男性がいる場所で寝ることに抵抗があるならば、嵐神様か砂神様にお越しいただき、男女で別れることもできるが」


 砂神はルルアージュの主神である女神だ。アマーリエは急いで首を横に振る。


「いいえ、同じ部屋で問題ありません」


 リーリアとルルアージュも頷いた。フロースが目を丸くする。


「へえ。聖威師は着替えとか入浴とか色々な所で性別を気にすると聞いていたけど、本当なんだな」

「人間の感覚が残っているのだろう。生粋の神は気にしないがね」


 ラミルファの返しに、今度はアマーリエが瞬きした。


「そうなのですか?」

「神は性別を超越した存在だ。どんな姿にでもなれるし、そもそも姿を持たないこともできる。だから、神同士では男か女かは頓着しないのだよ。人間のように血や遺伝子が流れているわけではないから、家族同士での婚姻も普通にあるしね」


 事実、帝国と皇国の初代皇帝、翠月帝(すいげつてい)緋日皇(ひにちこう)も兄妹でありながら夫婦だった。同性同士かつ親子兄弟姉妹で結ばれ、御子神を成すことは、神々の間では普通にあることだという。


「今は違和感を感じるかもしれないが、天界に還れば自然とその感覚に慣れていく」

「俺も最初は精霊だったから戸惑うこともあったけど、すぐ慣れたぜ。ほら、精霊も性差があるからな」


 時空神が優しく言い、フレイムも捕捉した。


「では、全員で大部屋に行きましょう」


 オーネリアの号令に、アマーリエたちは頷いた。

ありがとうございました。

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