11.本当は強い泡神
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「焔神様、アマーリエも来てくれたのか」
泡神の掌中にあった剣が、水煙となって消え失せる。会釈して応じながら、アマーリエはそっとフレイムに念話を送った。
《フロース様ってお強いのね》
《神の強さは神格で決まるからな。泡神様は選ばれし神だ。性格が控えめから普段はアレだが、その気にさえなれば、姉上や義兄上、魔神様とだって互角に戦り合える。肉弾戦だろうが、獲物を使おうが、頭脳戦や舌戦だろうが関係なくな》
ただし、神格といっても、司るものは任意で変更可能だ。ゆえに正確な表現をするならば、『その神が有する神性の高さ』が、強さや序列、神格のランクなどに直結するのだという。なお、生来の荒神は特殊な存在であるため、その力は同格の神を遥かに凌駕する。
《今回は愛し子が危ないんだから、普段の大人しさは取っ払って、臨戦スイッチ入れて迎え撃つだろ。遊運命神様自身が直接出て来ない限り、泡神様が負けることはねえよ。真の神格を出せば最高神ともタメを張れる奴なんだぜ?》
《ええ、それは分かっていたつもりだったのだけれど……》
初対面時のあのビビり具合が印象に残りすぎて、戦闘ができるというイメージが持てなかった。
「リーリア様が襲われたと聞きました」
驚きを頭の片隅に置いやり、優先事項を述べる。
「うん。書類仕事をしていたらいきなり氷結が起こった。事前にライナスから事情を聞いていたから、レアナの側にいながらオーネリアとアリステルも遠視で守っていたけど、そちらには襲撃はなかったよ」
「アリステル様も神官府においでだったのですね」
急ぎの案件でも入ったのかという疑問を含んだ言葉に、本人が答えてくれた。
「私もライナス様の念話で襲撃のことを聞き、遊運命神様と交信できないか試していた」
遊運命神が半覚醒状態で迷走している可能性を考慮したためだ。天界からは葬邪神と疫神が、地上からはアリステルが、別方向から同時に呼びかければ、早く起きてくれるかもしれない。三者とも悪神なので、遊運命神との感応も強い。
そう考え、オーネリアとリーリアに話を通した上で、神官府の神殿の一つを使って交信を試みていたという。
「だが遊運命神様とコンタクトを取ることはできず、そうこうしている内にリーリアの部屋に奇襲があった」
迎撃したフロースにより、アリステルはオーネリアともども神官長補佐室に強制転移させられたらしい。同じ場所にいてくれれば、まとめて守れるからだ。
「そうだったのですか。あっ、そうだわ。フロース様……皇国の聖威師はご無事でしょうか?」
「念のために、鷹神様が降臨して守っておられる。だけど心配はないと思う。皇国の中央本府では、昨夜から夜通し行われている神事があって、佳良たちは全員それに参列している。天の神も関与する高度な儀式だ、遊運命神様もその最中に割り込むことはしないだろうから」
ゆえに、皇国の聖威師たちはこの場に来ていない。虎の襲撃があったことはライナス経由で知っているだろうし、先ほどのオーネリアの念話も届いているだろうが、神事の真っ最中で動けないのだろう。フロースが数瞬視線を揺らして頷いた。
「うん、鷹神様に念話で確認したけど、今のところ異常はないようだ。こちらは対応済みだから大丈夫だと、佳良たちにも念話しておいたよ」
「良かったです」
ひとまず胸を撫で下ろしたアマーリエだが、これからどうなるかは分からない。まだまだ油断できないと思った時、空間が揺れた。
「リーリア、無事か!」
「怪我はありませんか?」
現れたのはアシュトンとフルードだ。ライナスとランドルフ、ルルアージュ、そして時空神とラミルファもいる。
「遅くなって申し訳ありません」
謝罪するフルードの表情が真っ青だ。ラミルファがしっかりと支えている。
「わたくしは大丈夫ですわ。フロース様がお守り下さいましたの。フルード様の方こそ、お顔色が……」
リーリアが遠慮がちに言った。フレイムが口を閉ざしたまま眉を顰めて弟を見ている。
「オーネリアの念話を受けてすぐに駆け付けようとして、盛大に喀血したのだよ」
いつも通りの軽薄な口調で説明する邪神だが、目の奥が笑っていない。
フルードは自分を置いて先に行ってくれと言ったが、今この瞬間に限界を迎えてもおかしくない彼を放置できるはずがない。ラミルファと焔の神器が治癒と回復の神威を注ぎながら、容態が落ち着くまで待ったという。リーリアたちの方はフロースが対処しており、最低限の安全は確保されているからだ。
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