10.真夜中の再襲
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「それじゃあ、灯りを消すわね」
心もお腹もすっかり満たされた後、自室で夫やラモス、ディモスと歓談したアマーリエは、ベッドに入った。神格を持つ者の目は暗闇をも見通すので、深夜に襲撃があったとしても灯りは必要ない。
「ああ」
隣に寝転がったフレイムが頷く。今夜は文字通り、『一緒に寝る』だけだ。聖獣たちはベッドからやや離れた邪魔にならない位置に丸くなる。
フレイムの腕枕をお供に目を閉じると、あっという間に眠気が襲って来た。
「ぅん……」
逞しい胸板に頰をすり寄せ、すっかりお馴染みとなった温もりに包まれながら、意識を飛ばす。
ずっとこの時が続けば良いのに、と思いながら。
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《襲撃です!》
眠りの園を揺蕩っていた意識が貫かれる。考える間もなく跳ね起きると、フレイムが瞬き一つもしない間にベッドから出た。
「ラモス、ディモス、起きろ! オーネリアから念話があった!」
聖獣たちも即座に身を起こす。アマーリエはベッドから飛び降りながら、サイドテーブルにたたんでおいたカーディガンを取って羽織る。チラと時計を見ると、日付けが変わったばかりの深夜だった。
《こちらにもリーリアの元に神威が来ました。泡神様がご対応下さっておりますので、私たちは無事です》
簡潔な報告に、フレイムが眉を下げながら舌打ちした。聖威師たちに大事がないという安堵と、そっちに出やがったかという忌々しさが混ざった顔だ。
《俺も行った方が良いか? ユフィーたちから離れられねえから、行くなら全員でになるが》
《どちらでも良いよ》
涼やかな声で応えたのはフロースだ。
《念話でも話はできるし、ここは私がいれば十分だ。だけど、来てくれたらそれはそれで心強い。場所はリーリアの部屋……神官長補佐室だよ》
誇るでもなく、もちろん虚勢でもなく、淡々と事実だけを述べている声音。フレイムがアマーリエを見た。聖獣たちもだ。どうする、と、その目が聞いていた。
《……行きます。そちらの状況も知りたいですし、なるべく一箇所に集まった方が良いと思います》
再びライナスたちが狙われるのではなく、標的を変えたとなれば、遊運命神は聖威師を無差別に襲っている。
(私たちが……聖威師がバラけていない方が、フレイムや葬邪神様たちが守りやすいかもしれないわ)
聖威を使い、刹那で神官衣に着替えたアマーリエは、フレイムたちに目で合図を送ると、神官長補佐室に転移した。
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降り立った瞬間に頭をよぎったのは、『寒い』という感覚だった。身を切るような冷気が部屋を覆っている。室内の壁や床、天井にびっしりとドス黒い霜が張り付き、虚空には無数の黒い氷塊が舞っている。弾丸状のものから氷柱のように鋭利なものまで、多種の黒氷が掃射されていた。
部屋の隅にはオーネリアとリーリア、そしてアリステルがいる。三者の周囲には薄膜の水で結界が張られていた。
(アリステル様もいらっしゃるのね。悪神関係で急用が入ったのかしら?)
彼は奇跡の聖威師という特殊な立ち位置にあり、裏方業務をメインとしていることから、通常の聖威師とは別シフトで動いているのだが。だが、今はそれを聞いている時ではない。部屋の中央では、藍白に輝く水の剣を携えたフロースが佇んでいる。
舞い乱れる黒氷の嵐、うねり狂う無辺の神威。寒風吹き荒ぶ場で、泡の神は精緻に整った表情を微塵も動かさず、流れるように刃を繰り出している。細い手首が続け様に翻れば、変幻自在にたたみかける剣撃の残像が空中に複雑怪奇な曲線を描き、向かい来る氷を全て弾く。
凍える鈍黒の御稜威と冴えやかな藍白の御稜威が絶え間なくせめぎ合い、吠える礫と閃く飛沫が衝突するたび、神威同士の呼応で星屑のような煌めきが瞬き、眩いスパークが走る。
キラキラと輝く神威の結晶に包まれ、フロースが無表情で水剣を回転させた。ヴェールのように放出される濃密な気泡の弾幕が巨大な渦と化し、氷を洗いざらい呑み込んで消失する。部屋を席巻していた冷気が押し流され、壁面で凍て付く霜が溶け消えた。
温度を調整する霊具によって適温が保たれた常態が復活し、爽やかな風がさっと室内を吹き抜けた。
最後の抵抗のように一粒だけ飛んで来た氷弾を、視線すら向けずに柄で弾いてかき消したフロースが、剣先を斜に下ろしてリーリアの方を顧みた。微かに灰色を帯びた白瞳が和む。
「レアナ、もう大丈夫だよ。オーネリアとアリステルも、怪我はないか?」
「フロース様……」
結界の中で息を潜めていたリーリアが、愁眉を開いて笑顔を見せた。オーネリアとアリステルが目礼をもって肯定の返事に代える。それを確認したフロースは、アマーリエとフレイムにも視線を向けた。
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