6.発動しない守り
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「ふぅんやっぱり――って遊運命神様!? 起きたってコトですか!?」
目を剥くフレイムに合わせ、アマーリエも息を呑んだ。
「つか、葬邪神様の防御壁はどうしたよ。発動してなかったじゃねえか」
山吹色の目がライナスたちを見て眇められる。遊運命神のターゲットになるならば、レシスの神罰を受け継いでいるアマーリエ、フルード、アリステルだ。中でも最も可能性が高いのはアマーリエ。だが、強硬派の動向もあるため、レシスの血筋以外も含めた全ての聖威師に防御壁を纏わせてくれていたはずなのに。
「あの虎、普通に害意あったろ。殺気剥き出しだったよな」
一応、防御壁が発動しないケースはある。ただ単に闘気や攻撃心を向けられるだけであれば、反応しない。そこまで厳密にしてしまえば、自主練などで誰かと模擬戦をすることもできなくなるからだ。また、聖威師は強力な魔族や悪鬼邪霊とも対峙することがあるため、日常業務の度にいちいち守りが発動しないような調整も施されている。
だが今回に関しては、あの虎たちは神直々の神威で創生されたものであり、炯々と光る瞳でライナスたちの喉笛を狙っていた。この条件下でなら、防御壁は動くはずなのだが。
「俺が試してみて良いか。ちょっと物騒な気配を出すだけだ。本当に攻撃したりしねえから」
「ええ、お願いします。ただ、フェルとアリア、アマーリエが萎縮しないようにしていただけると助かるのですが」
「分かってる分かってる、気を向ける対象はお前だけに絞るよ」
ライナスの了承を得て、フレイムは時空神を見た。
「時空神様、本気じゃないですからね」
「分かっている」
主神にも許可を取った上で、ランドルフとルルアージュに下がるよう促すと、ライナスと向き合う。
「――――」
山吹色の眼に炎が宿る。ライナスを害そうという意思を持ったのだ。烈風逆巻く威圧が場に滲み出た瞬間、赤黄色の閃光が噴出した。猛々しい神威がライナスとフレイムを隔てる壁となり、発現した脅威を阻む。
「おっかしいなぁ、ちゃんと発動するじゃねえか」
気迫を霧散させたフレイムが首を傾げる。ただの一瞬だけだったが、ライナスは顔面蒼白になっていた。時空神が心配そうに背をさする。
「どうした、無事か!」
空間の一部が吹き飛び、葬邪神がすっ飛んで来た。クラーラではなく青年の姿だ。
「防御壁が起動した気配がしたが……これは」
「部屋、ボロボロ!」
葬邪神の肩からひょいと顔を覗かせた疫神が、ケラケラと笑う。家具や調度の破損はもちろん、壁や天井まで咆哮の衝撃波で滅茶苦茶に切り裂かれているのだ。
「一体どうしたんだ、エスティ」
(エス……ティ?)
声には出さなかったアマーリエの疑問を感じたか、疫神が教えてくれた。
「エスティ、時空神の名前」
黒から白に転じた瞳がこちらを見据える。整った容貌に浮かぶ笑みは、怜悧でありながらも柔らかだ。
「いかにも、我が名は時空神エスティアル。焔の華と言葉を交わせることを嬉しく思う」
「お初にお目にかかります。私は神官アマーリエ・ユフィー・サードと申します。太古の神のご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます」
反射的に美しい礼を取ったアマーリエに頷き、時空神は葬邪神の方を向いた。
「我が愛し子とランドルフ、ルルアージュが襲われた」
「何だと?」
精悍な美貌が鋭さを帯び、次いで案じる色を宿してランドルフたちを見た。被害を受けた三人がそろって頷く。
「強制昇天推進派の神が動いたのか?」
「いや、シュナの力だった」
予想外の返答だったのだろう。一の邪神が切れ長の目を見開く。
「――は? シュナ? まさか起きたのか!? ディス、お前何か感じたか?」
「我、覚醒の気配、感じなかった。でもシュナ、ゆっくりゆっくり、起きることある。ボーッとしながら、ちょっとずつちょっとずつ、起きる。そしたら、気付かないかも」
「ああ、そうだったなぁ……だがおかしいな。起きたとして、何でライナスたちを狙う? ランドルフとルルアージュの方をより狙っていたと言っていたが、この子たちは神罰の因子を消されているだろう」
遊運命神が狙うとすれば、神罰の因子を継いだ者たちであるはずだ。フレイムが難しい顔で口を挟む。
「おかしいって言えば防御壁もですよ。この子たちが遊運命神様の力に襲われた時、反応してませんでした」
「ん? だが、防御壁が発動した気配を感じてここに来たんだぞ?」
「あー、それは俺がちょっぴり試したんです」
フレイムが、手早くここまでの経緯を説明した。途中でライナスが幾度か、彼ら側からの補足を入れる。
「つまり……エスティと交信中にシュナの力で創られた神威の虎に襲われたが、何故か防御壁が反応せず聖威も無効化され、エスティが守りに降りた。そのタイミングで焔神様とアマーリエもここに来たと」
「アレク、何で防御壁、起動しなかった? 発動しない、おかしい」
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