3.熱狂的な崇拝者
お読みいただきありがとうございます。
「あ――聖威師様!」
若い男性神官が一人、上気した顔でこちらを見ている。年の頃はアマーリエとそう変わらない。大きめの鞄を持っているので、やはり帰宅するところだったのだろう。
(この人は……)
覚えがある顔だ。中央本府の神官たちの顔と名前、略歴は頭に叩き込んでいるアマーリエだが、彼のことはもっと最近にも見た記憶があった。
(ええと、確か……)
一瞬考え、すぐに思い出す。
「――神官シュレッド、あなたも帰りかしら?」
(神使内定者の懇親会にいたわ)
一方のシュレッドは、感動と興奮を抑え切れない様子で口を開く。
「は、はい。聖威師様に顔を覚えていただいておりましたとは光栄の極み!」
感極まっているのか、頰が赤くなっている。
(中央の神官たちのことは全員覚えているのだけれどね)
心の中で苦笑しながら微笑みかける。
「お勤めご苦労様。今夜は雨になるそうだから、気を付けて。転移を使った方が良いかもしれないわ」
「お気遣いありがとうございます!」
食い気味に返事をよこすシュレッド。気のせいかもしれないが、その瞳は熱を帯びて潤んでいるようにすら感じる。
「大丈夫? 何だか顔が赤いわよ」
聖威でこっそり彼の内部を透視すると、何やら体温がぐんぐん上昇している。まさか風邪気味なのだろうか。
「熱っぽいようだったら、早めに治癒をかけるのよ」
「はい!」
勢い込んで頷いたシュレッドが、うっとりとアマーリエを見つめた。
「本来は天におわすべき御方のご尊顔を拝せましたこと、至福に存じます。先日は焔神様とご一緒にいらっしゃるお姿もお見かけいたしました。誠にお似合いで、やはり聖威師様は天の存在なのだと痛感したものです」
「そ、そうかしら。似合いだと言ってもらえると嬉しいわ。では、さようなら」
このままではヒートアップしていくばかりだと直感し、そそくさと会話を切り上げる。そして、頭を下げて見送ってくれるシュレッドの横を足早に通り過ぎた。彼に向かって一礼したフレイムも気配なく付いて来る。
妙に背中が熱いので、歩きながら密かに周囲を遠視してみると、顔を上げたシュレッドがじいぃぃぃっとこちらを見つめている。
(きゃー! な、何なのあの人!?)
などという心の声はもちろん表に出さない。何食わぬ顔をして本棟を出る。そして、颯爽と転移して自邸に帰った。今はさすがに歩く気になれない。
「び、びっくりしたわ……」
玄関ホールに立ち尽くし、ふぅと肩の力を抜いていると、従者姿の変化を解いたフレイムにポンと背を叩かれた。
「お疲れさん。何か変な奴と会っちまったな」
「ええ……すごく熱心に見つめて来るから、どうしようかと思ったわ」
「天威師と聖威師には熱狂的な信奉者も多いみたいだしなぁ。神格を持つ存在だから、崇敬と憧憬の対象なんだろ」
「神官が神を崇めていると思えば、悪いことではないわね……」
むしろ、このような状態になることを踏まえ、聖威師が神官府の長に就くようになったのだ。
「フレイムともお似合いだと言ってくれたわ。リップサービスだと思うけれど」
「んなわけねえだろ。お前は俺の横に立つに相応しい女神だ」
真顔で言うフレイムに若干引き攣り笑いを返し、もう一度嘆息した。
「そういえば、ラモスとディモスは……気配がないわね。今日は水の日だから、遊びに行っているのね」
「だろうな。一日置きに運動しに行ってるだろ、アイツら」
この世界の曜日は、始、地、水、火、風、終の6日間。年始は1の月、年末は12の月。どの月も30日間あり、始の日から始まって終の日で終わるサイクルを5週繰り返す。
ラモスとディモスは、始、水、風の日の夜は運動で外に出るのだ。近くの山で二頭仲良く駆け回っているらしい。
「いつも通り21の時までには戻るでしょう。それにしても、さっきの数瞬でドッと疲れたわ」
「今夜のデザートは豪華にしてやるよ」
「その前にランドルフ君たちへの差し入れを作ってあげて」
「そんなのちゃっちゃとできるぜ。ハードパンがたくさんあるから、適当に具材乗っけてタルティーヌ何種類か作って、ポテトフライと野菜のスティックにディップソースでも付ければ良いんだからな。甘味はリンゴのキャラメリゼにヨーグルトとかだな」
そのちゃっちゃと作った料理が意識を持っていかれるほどの美味しさなのだから、世の中のシェフやパティシエは泣くだろう。
「ほれ、先に湯浴みして来いよ。上がった頃には全部できてるから」
「そ、そう? それじゃお願いね」
相変わらず手際が化け物だと思いつつ、アマーリエは温かい湯に浸かってスッキリすることにした。
ありがとうございました。