2.イステンド家のお茶会
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「アマーリエお姉様ー」
「まあ、お姉様」
「あら、ランドルフ君、ルルアージュちゃん。仕事は終わり?」
「はいー」
「この資料を戻したら帰ります」
18の時を回り、いそいそと帰り仕度をしたアマーリエは、フレイムと共に帰路につこうとしていた。今の彼は、金髪碧眼の従者姿だ。神官府の本棟を出ようと歩いていたところ、廊下でランドルフとルルアージュに出会ったのだ。
「裕奈ちゃんと当利君から借りた物なので、皇国の中央本府に返しに行くんです〜」
宗基裕奈と唯全当利は、恵奈と当真の子どもたちだ。恵奈は宗基家の、当真は唯全家の当主であることから、特例で夫婦の苗字が違う。子どもたちもそれを継承していた。裕奈は宗基家を、当利は唯全家を継承するそうだ。
「帰ったらお茶会の準備です。家族でイステンド大公邸に集まって、ハイティーをする予定なんです」
ランドルフが優しい青の瞳を細めてニッコリと笑う。それを見たフレイムが相好を崩した。彼は時々、ランドルフを見てとても優しい眼差しになることがある。
「まあ、楽しそうね」
「今夜はオーネリア様とリーリア様が夜番なので、お父様もお母様もお祖父様も空いておられるのです。本当はお母様とリーリア様が当番だったのですけど、オーネリア様が代わって下さったそうです」
「お父様とお母様は引き継ぎ関連の業務で遅れるみたいですけど、途中からでも参加するって仰ってましたー」
「それは良かったわね」
返した笑顔にほろ苦さが混じりそうになるのを、ぐっと堪える。
(少しでも家族で過ごして欲しいわ。地上にいる間に一緒に過ごせる時間は、もうほとんどないものね。オーネリア様もそう思って夜勤を交代されたのよ)
それはリーリアにとっても嬉しいことだろう。オーネリアとは名前の一部が似ているため、どこか親近感を抱いていると話してくれたことがある。そう考えつつ、子どもたちに視線を送る。
この子たちには、特にランドルフには時間がない。アマーリエにも。
フルードとアリステルの余生がもう幾ばくもないことは、先日聞いた。オーネリアやライナス、佳良に当波も寿命間近だそうだ。まだまだ教えてもらえると思っていたアマーリエにとっては青天の霹靂だった。
フルードが昇天すれば、自分とランドルフが後継となる。といっても、座学は聖威師に継承される書でも学べるし、伝え残した情報や知識があれば、フルードやアリステルが天から声を下ろして教えてくれることもできる。
そもそも、命がけの務めをこなす聖威師はいつ落命しても良いよう、引き継ぎの資料や手順書を常に完備している。
何より、まだアシュトンや恵奈、当真たちがいてくれる。彼らの寿命は今少し猶予があるそうだ。
ゆえに、アマーリエたち次代がやるべきことと言えば、とにかく実践を積んで技術を体得していくことが一番らしい。それは書類や口伝からでは学べないからだ。今はフルードに付いて一回でも多くの務めを経験し、直の指導を受けている。
「菓子と軽食作って転送してやろうか。もう完璧に手配してるんだろうが、追加でちょっと増えても良いだろ」
「本当ですか、嬉しいですー!」
「焔神様の料理は最高ですもの!」
ランドルフとルルアージュが兄妹仲良く目を輝かせた。
「おー、楽しみにしとけ」
「ありがとうございます。アリア、早く資料戻して帰ろー」
「ええ、フェルお兄様」
互いの秘め名を呼びながら、フレイムとアマーリエに一礼した二人がうきうきと立ち去る。聖威師なのだから、資料くらい下の者に命じて戻させれば良いのだが、神官府内の様子を直に確認する機会にもなるため、なるべく自分で行うようにしているらしい。アマーリエもそうだ。
「フレイム、差し入れを作ってあげるなら、私たちも帰りましょう」
「おう。ま、俺が作らなくても俺が用意してるかもだけどな」
意味不明なことを言い出すフレイムだが、言わんとするところは分かる。
(多分、フルード様の魂に宿っているという神器ね)
フルードの内に潜む、もう一柱のフレイム。彼曰く、『俺とは別の俺』。アマーリエは言葉でしか聞いたことはないが、フレイムを完全複製した存在で、神器でありながら選ばれし神でもあるのだという。
トンデモだとかブッ飛びだとかトチ狂ったとか色々言われているが、その性情はフルードファーストどころかフルードオンリーらしい。本日の茶会の飲食物をフルードに請われれば、一も二もなく作ってやるだろう。
「それに、夜道には気を付けねえとだしな」
「聖威師を強制昇天させたい神々や遊運命神様が来られるかもしれないのよね」
「ああ。……といっても、遊運命神様は目覚めるって決まったわけじゃねえ。強硬派だって本当に襲撃までして来るとは限らねえしな。葬邪神様が防御壁を張ってくれてるんだし、過剰な心配まではしなくても良いと思うぜ」
アマーリエ、フルード、アリステルを中心に、ラモスとディモスまで含めた聖威師全員に、不可視の防御を纏わせてくれたのだ。害意や悪意、敵意、嫌悪などに反応して防衛してくれるという。殺気や気配を消していても、害そうという意思があれば反応するそうだ。
万一があっても、それが防御して時間を稼いでくれている間に、葬邪神や疫神が飛んで来て守ってくれるという。
「そうね。あまり気にしすぎないようにするわ」
「…………」
だが、フレイムは答えない。アマーリエの返事と入れ替わりに表情を消し、スッと背後に控えた。その行動で、誰かが来たようだと悟る。フレイムの正体を知らない者が近くにいる場合、あるいは遠視などで視られていれば、彼はすぐに分かる。その際は従者になり切るのだ。
感覚を少しだけ広げると、人の気配が近付いて来るのが分かった。今の時刻と場所を考えれば、おそらく帰ろうとしている神官だろう。
アマーリエが外向き用の笑顔を張り付けた直後、廊下に足音が響き、人影が姿を見せた。
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