54.いつかの未来のために
お読みいただきありがとうございます。
第4章、最終話です。
「……さて、行くか」
咳払いしたフレイムが、何事もなかったかのように再び歩き出した。アマーリエは素直に頷き、夫と手を重ね合ったままうららかな庭を進む。
「おっ、そうだ。前の金木犀の茶会は楽しかったよな。またやろうぜ」
ふと思い付いたと言わんばかりに喋っている声とは別に、念話が届く。
《さっきの話だけどな。エイールとバルドは神使内定者だ。今の時点でも、天の領域に爪先ちょっぴり分くらい入ってる。だから聖威師も若干関わりやすい。あの二人を上手く経由すれば、少しくらいならエイリーのサポートもできるかもな》
ハッとフレイムを見上げると、煌めく瞳が悪戯っぽい色を宿して見下ろしていた。繋いだ手をゆらゆら揺らしながら、肉声と念話で異なる言葉を放つ。
《今のは内緒だぜ。母神や姉神に知られたら、余計な入れ知恵するんじゃありません、プンプン、ってお説教食らうからな》
「茶会には聖威師たちを招くのはどうだ。神官府に詰める係も必要だから、全員は無理だろうが、何回かに分けてやるとかな。ついでだし、神使内定者も何人か控えさせれば良い。神使の実地練習だ。そうすりゃ天に行ってからもスムーズだろ」
聖威師たちを茶会に呼ぶならば、当然アシュトンとオーネリアも来る。彼女たちの主神の神使内定者であるという理由で、エイールとバルドを控えさせる理由になるだろう。自然に彼らと接触できる。
(フレイム……)
彼はやはり愛し子に甘い。アマーリエがエイールとエイリーの力になりたいと思っているのを汲み取って、きちんと助け舟を出してくれる。
「ユフィーの好きな菓子、たんまり作ってやるよ」
「……ええ……ありがとう、フレイム」
二重の意味を込めた礼を返すと、優しく手が握られた。アマーリエもそっと握り返す。すっかり馴染んだ体温が伝わり、胸の奥がじんわりとした。そして、改めて誓う。
(聖威師は制限が多い身だもの。思うように動けなくていたたまれなくなることは、これからもたくさんあるはずだわ。――けれど、私は私の方法で、自分のなすべきことをするのよ)
人であった頃に定められていた刻限が尽きるまで。
(それで救える命が、助けられる生活が、守れる暮らしがあるのなら。私は聖威師として、このまま歩いていく)
そしていつの日か、定命が来て天に還った後は、下で過ごした日々を懐かしく思い出すだろう。地上での思い出話をしたいと言ったら、フレイムは付き合ってくれるだろうか。
答えは考えるまでもなく出た。一も二もなく承諾してくれると。
ならばその日のために、話題をたくさん作っておこう。楽しいこと悲しいこと、嬉しいこと辛いこと、喜ばしいこと苦しいこと。全てをこの胸に抱いて、いつでも取り出せるようにしておこう。
そのために、今は一日一日を精一杯生きていくと誓う。
もう一度空を見上げると、染み渡るほどの青にポツポツと真っ白な雲が浮かんでいた。それを見て、ふと思い付く。
(メレンゲのクッキーが食べたいわ。卵白をふわっふわに泡立てて、アーモンドプードルをたっぷり混ぜたやつ)
以前作ってもらった時、さくほろでシュワシュワな食感に感激した。
「ねえ、フレイム。お茶会で作って欲しいお菓子があるの」
愛する夫にリクエストを伝えるため、口を開く。
「おっ、何だ何だ?」
「あのね――」
アマーリエは満面の笑みを浮かべ、さっそく体を屈めて応じてくれるフレイムの耳に唇を寄せた。
この幸せな時間も、未来で語り合う時の宝物になると確信しながら。
ありがとうございました。
明日から第5章、『大神官継承編』に入っていきます。
また、まだ公開していないのですが、エイールとバルドが主人公の短編(番外編)、『「君を愛することはできない」と言われましたが、私の結婚相手はあなたではありません』という作品を書いています。二人の出会いを書いたものです。
いずれタイミングを見て公開したいと思います。