52.マーカスは頑張る
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「エイリーさんとエイールさんのために、私ができることがあれば良いのだけれど……」
「この前もそう言って動きかけて、セインと仲良く警告食らってたじゃねえか。気持ちは良く分かるが、あんまりやりすぎると強制昇天だぞ」
「分かっているわよ。けれど、神罰は遊運命神様が関わっているから、神が関与しているじゃない。それなら聖威師も動きやすくなるのでしょう?」
「それもあるから、神罰から助ける行為や、神罰に見せられた苦痛の夢を忘れさせる行為は許容されたんだ。だが、そこまでだ。それで神罰関連への対処は終わった。後に残る、エイリーの進退や精神面に関しては当人の問題だ」
エイリスト王国や国王、上層部の闇に人買い集団、娼館などの件も、帝国の官吏及び霊威師たちが対処している。人間世界で起こる問題は、人間が対応することだからだ。聖威師は迂闊に首を突っ込んではいけない。
「もどかしいわね。何もできないなんて」
「帝都の奴らを信じて任せるしかねえよ」
慰めるように言ったフレイムが、ふと双眸を真剣なものにした。
「お前は今のまま、自分にできるやり方で、できることをしていくんだ。神器を鎮める、荒れる神を宥める、大災害から大勢を救う、壊滅した国家を復元する、強力な古代の妖魔や魔物を退ける……どれも人間にはできない芸当だ。人がどれだけ手を伸ばしても掴めない力を、お前は持ってる」
山吹色の瞳が、陽光を反射してこちらを見つめている。
「聖威師には聖威師の在り方や動き方がある。個々人を気にしすぎるんじゃなく、人類という大きな枠組みで捉えて行動しろ。その大枠を構成する人間一人一人に対応するのは、霊威師とか役所の職員とか、同じ人間の領分だ」
「はい……」
「よし、良い返事だ。――今後のエイリーのことは人間の対応案件だから、ここまで。今日は良い天気だし、もうちょっと歩こうぜ」
神妙な顔で頷くと、満足気に笑ったフレイムはアマーリエの手を取って歩き出した。だが、笑顔の陰では周囲を警戒しているのだろう。いつ襲撃があっても愛し子を守れるように。葬邪神がアマーリエたちに不可視の防御壁を纏わせてくれているが、油断はできない。
少し歩くと、聞き慣れた声が耳に届いた。目を向けると、少し離れた場所で、フルードが年かさの男性神官の袖を引っ張っている。
「先生! 今日こそお祝いをさせて下さい! ビュッフェのスペシャルコースを食べに行きましょう!」
「いえ、何度も申し上げておりますが、大神官にご馳走していただくなど畏れ多いことです! 代金は私がお支払いしますから!」
透明なメダルをシャラリと揺らし、老齢の神官が必死に抵抗しているが、年の差なのか神格の差なのか、ズルズル引きずられていく。
なお、神官府のビュッフェは年中無休の終日営業で、神官は無料で利用できる。だが、一部の特別メニューは有料で、追加料金を払って専用の席で食べる形になる。
「あら、マーカスさんだわ」
「この前挨拶に来てたな。神使内定者から正式な神に昇格したんだよな」
「ええ。知恵の女神が地上に貸し出していた天の蔵書を、火事から救った功績よ」
「ただの炎じゃなく神炎だったのに、自分の身も顧みず飛び込んで尽力したって、知恵の女神と蔵書を書いた高位神が感心してたからなぁ」
「ラモスとディモスが似たような内容で神に昇格したことは天界でも知られてるから、それならマーカスさんもって、その高位神が知恵の女神に要請書を書いて下さったのよね」
マーカスを神使に見出していた知恵の女神は、名高い神ではあるが色持ちではない。通常の神の場合、高位神一柱の要請があれば即座に通る。加えて、大精霊もマーカスの行いを高く評価しており、ぜひ彼に最高の褒賞をと後押ししてくれたらしい。
そして何より、知恵の女神自身、マーカスには感心を通り越した感謝の念を抱いていた。自分の面目と窮地を救ってくれたと。ゆえに、すんなりと神格を与えることが確定したらしい。もちろん、正真正銘の神になれる完全な神格だ。
マーカス本人は、『一神官として、知恵の神の神使として当然のことをしただけですので、どうぞ打ち捨てて下さい』と答えたらしいが、それで決定が取り下げになるはずもない。つい先日、めでたく正式な神の末席に加えられた。エイリーの神罰爆発の騒動が解決したすぐ後だ。
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