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31.聖威師誕生

お読みいただきありがとうございます。

『ようやく会えた』


 慈愛に満ちた笑みを浮かべた少年は、優雅な所作でミリエーナ……と、ミリエーナの側にいるアマーリエ……の方に歩を進める。


「神威が色を帯びている」

「有色の神だわ!」

「高位神だ!」


 神官たちのさざめきが大きくなった。


(いや……いや!)


 アマーリエの身が竦み、足が震える。硬直した心に、ワインレッドの髪と山吹色の双眸が浮かんだ。


「フ、フレイ――」


 無意識に唇を動かして彼の名を呼びかけ、危ういところで自制する。


(いいえ、駄目よ。彼は今日ここに来てはいけないの。強く呼んだら声が届いてしまうかもしれない。無理をして来てくれて、強制帰還になってしまったら……そちらの方がずっと嫌!)


 フレイムが還ってしまったら、自分は取り残されてしまう。居場所のない、監獄のようなこの世界に。


(彼にはまだ一緒にいて欲しいのよ! 還らないで、まだ私の側にいて!)


 声なき声で叫び、そうして初めて自分の気持ちを自覚して呆然となる。


(……()()()()()……)


 瞳の端にじんわりと涙が滲む。


(私は)


 いつに間にか生まれていた未知の感情に慄き、正面から向き合うことを避けていた。いや、それ以前にこの想いの名前すら分かっていなかったかもしれない。

 だが今、はっきりと悟った。


()()――()()()()()()()()()()()()()()


 一方、ミリエーナはアマーリエとは別の意味で震えていた。言う間でもなく、感激と歓喜によるものだ。


「ほら……やっぱり神が来て下さったわ!」

『そうだよ。僕は君を選んだ』


 優しく応じた少年神は、一度立ち止まった。視線を高みに移し、上段にいる天威師たちに礼をする。天威師たちは欠片も表情を崩さぬまま、惚れ惚れするような所作で礼を返した。

 次いで少年神は、こちらに駆け寄ろうとしている聖威師たちをちらりと見た。そして、一刀を振り下ろすように言う。


『止まれ』


 聖威師たちが、その場に縫い付けられたように動きを止める。


『今日この儀式で、我が見初めし娘を迎えに行くと決めていたのだよ。けれど、何とその娘は懲罰房に閉じ込められて不参加になりそうだった。だから、神官府の上層部に内々の神託を下ろして、神官は全員参加させて自由に動けるようにさせてやれと命令した』


 神格を抑制している聖威師は、神性を解放している天の神の命令に逆らうことができない。本来はまだ懲罰房にいたはずのミリエーナ――ついでにシュードンも――が土壇場で参加を許されたのは、これが原因だったのだ。

 ミリエーナに大人しくしろと言うだけで、実際には動きを制限するような措置を取らなかったのも、同様の理由からだろう。


『駄目だろう。こんな大事な儀式で、僕のレフィーを仲間外れにしようとするなど』


 妖しい笑みで聖威師たちを見回す少年神を、狼神が静かな眼差しで制した。


『貴き神よ、それ以上はなりませぬぞ』


 少年神がパッと気迫を霧散させ、打って変わって無邪気な表情に転じた。


『ええ、もちろん。少し注意しただけですとも』


 一番近くでじっと自分を見ていたフルードに、にっこりと優しく微笑みかけてから、他の聖威師たちにも笑みを向け、軽やかな口調で続ける。


『聖威師の皆も、悪気は無かったのだよね。きっと神官府の規定を遵守しただけだろう。うんうん、分かるよ。――だが、だからと言って神が行う選定を阻むことはできない。今この場に置いては、君たちの手出しも口出しも一切禁ずる。これは神命(しんめい)である』


 そして再び歩みを再開した少年は、アマーリエの横を素通りし、ミリエーナの前に立った。ミリエーナがその場にひれ伏し、期待に満ちた顔で神を見上げた。


「神様、ほ、本当に私をお選びいただけるのですか」

『もちろんだとも。さぁお立ち。そんなに畏ることはない』


 少年の姿をした神は片膝を付き、手ずからミリエーナの体を起こした。見守る神官たちに動揺が走る。

 神は、人間と同じ目線に下がってまで甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼くことはない。目の前で平伏している人間がいたとして、手を差し伸べて引き起こすことはしない。例え神使として見出した者であってもだ。


 もしも神が直々に世話を焼く人間がいるとすれば、それは己が見初めた寵児だけ。


『我が意はここに』


 少年神がミリエーナの手を取り、甲に軽くキスをした。瞬間、口付けた箇所に、少年が纏う神威と同じ色の神紋が現れる。

 嵐のような驚愕と動揺が斎場に広がった。神官たちが口々に囁き合う。


「おい、神威を直に刻まれたぞ」

「神使に選ばれたなら神器を賜るはずよね」

「神器を通さず、直接体に神威を戴くのは……神の寵を受けた者だけだ」

「それってまさか――」


 呆然と目を見開くミリエーナに微笑みかけ、少年神は斎場を見回すと高らかに宣言した。


『我はこの娘、ミリエーナ・レフィー・サードに寵と神格を与える。今この瞬間より、この娘は我が眷属たる女神となった。新たな聖威師の顕現を讃えよ!』

ありがとうございました。

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