44.ラミルファの神器
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おそらく、それが最も手っ取り早く確実な最善策。フレイムとラミルファがやらなかったのは、アマーリエとフルードが反対すると分かっていたからだ。
「エイリーさんの中から神罰だけ除去することはできないんですか!?」
「ははは、冗談言わないでくれ!」
必死の問いかけはバッサリ笑殺された。
「この俺が人間のためにそんな気を回すはずがないだろう」
怒るでも責めるでなく、明るく笑いながら、いっそ気持ちが良いほど爽快に言い切られる。その態度が、逆に交渉の余地がないことを突き付けていた。
「そっ――」
(そんな)
何とかならないかとフルードとアリステルを見るも、二人とも苦悩の表情を浮かべている。アリステルがフルードを見た。暗い海底の双眸が、覚悟を宿して実弟を見据える。
《やはり、私が今ここで昇天した方が良い》
念話が脳裏に響いた。アマーリエと、当然フルードにも届けているだろう。天の神々は念話網に含めていないようだ。その気になればいくらでも盗聴されるだろうが。
《アリステル》
《エイリーを救いたいならばそれが一番確実だ》
葬邪神が動く前に、アリステルがこの場で神に戻り、フルードかアマーリエが彼を勧請してエイリーの守護神になってもらう。最終手段として取っておいた方法だ。
これならエイリーを助けられる。だが――非情な言い方にはなるが、貴重かつ希少な奇跡の聖威師を失ってまで救う価値が、エイリーにあるのか。もちろん彼女を助けたい気持ちは本物だが……。
《あるいは、かつて私が賜った神器を使い、神罰を中和することも考えた。私は鬼神様、葬邪神様、怨神様より神器を授かっている。どなたも遊運命神様と同格の神だ》
聖威では無理でも、神器の力ならば神罰を相殺することが可能かもしれない。
《だが……どの神器も危険すぎる。何しろ、選ばれし高位神たる悪神の神器だ。扱いが難しく、使用の際は相当の注意を伴う。特に今回は、同格の悪神の力が相手だ。下手に神器が呼応すれば、私の制御を外れ、暴発してしまう恐れもある》
そうなっても、アリステルは悪神三兄弟によって手厚く守護される。アマーリエとフルードももちろんしっかり守ってもらえる。だが、一般の神官たちは容赦なく見殺しにされてしまうだろう。
《そんなリスクを犯すくらいならば、私が守護神になった方が良い》
《…………》
フルードが唇を噛んで目を伏せた。だが、すぐにアリステルを見つめ返す。兄からの念話に返事をしようとし――
「神器?」
アマーリエの肉声がそれを遮った。念話ではなく音として出されたそれに、皆が振り返る。
「ユフィー、どうしたのか?」
「悪神の神器の神威を使えば、悪神の神罰を中和できる……」
問いかけるフレイムに構わず、一人ぶつぶつと呟いたアマーリエは、目を輝かせた。
「それなら方法があります」
手をかざすと空間が歪み、薄紙のような結界に包まれた短杖が出現した。
「それラミルファの神器じゃねえか。悪神の神器の鎮静練習に借りたやつだろ」
「そうよ。選ばれし高位の悪神がお創りになった、けれど初心者用のとても扱い易い神器よ!」
アリステルの顔色が変わった。明るい方に。
「アマーリエ、そんなものを持っていたのか」
「はい、これを使えばエイリー様の神罰を中和できるのではないでしょうか」
「いやちょっと待てユフィー、借り物の神器をそんな勝手に……」
「大丈夫よ、好きに使って良いと仰って貸して下さったわ!」
堂々と言い切り、アマーリエは結界ごと短杖を構えて足を踏み込んだ。視界の端に、呆気に取られた様子で立ち尽くしている末の邪神が映るのを流し見ながら、一飛びで聞き取り室に転移する。
エイリーの元に駆け寄ると、ジュウジュウと何かが焼けるような音を立て、霧が襲いかかって来た。ラミルファが瞠目する。
「っ!」
短杖が脈打つと強く発光し、結界越しにも関わらず霧を退けた。アマーリエを守るため、遠隔で起動と操作を行なってくれたのだ。
「ちっ」
舌打ちしたフレイムが瞬時に転移すると、アマーリエを横抱きにして退避する。同時に現れた葬邪神が、追撃しようとしていた霧を神威で押し返した。
「ユフィー、神器を霧に突き刺せ!」
「はい!」
そっと床に下されたアマーリエがラミルファの神器を投擲すると、投げナイフのように高速で飛んだ短杖の神器は、霧のど真ん中に突き刺さった。その瞬間、短杖を包んでいた結界を解く。
神器から鈍い漆黒が爆ぜた。霧と同じ色だ。黒と黒が呼応し合い、絡まり合い、競い合い、そして互いを打ち消し合っている。脂汗を浮かべていたエイリーの顔が穏やかになり、痙攣が止まった。
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