39.調査棟にて
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「エイールさん」
中央本府の本棟からやや離れた場所にある調査棟。まだ白黒が確定していない者に、取り調べや事実確認等を行う場所だ。聞き取り室はその一角にある。
聞き取り室の隣にある控え室に入ると、殺風景な光景が広がっていた。簡素なデスクとイスが数脚、板書用のボードなどが並べられただけのシンプルな部屋。強張った様相を浮かべるエイールがイスに座っており、その眼前に膝を付いたバルドが落ち着かせるように言葉をかけていた。
「大神官、アマーリエ様」
こちらを見て立ち上がり、礼を取ろうとしたエイールとバルドが止まる。驚いたように目を見開き、アリステルとフルードを見比べた。
「大神官がもう一人……もしかしてアリステル様……?」
「奇跡の聖威師だという――」
アリステルはあまり公の場に姿を現さないため、見慣れていないのだろう。それでも、同じ中央本府に勤めているためか、すぐに素性に辿り着いていた。
「時間が惜しいので礼は結構です」
簡潔に言ったフルードが、エイールに視線を向ける。
「神官エイール。妹が生存していたと聞きました」
「はい……私も驚愕しており、理解が追い付いておりません」
「過去視をしたのですね?」
「はい、神官府の規定に沿って行いました」
過去視は視られた者のプライベートにも直結するため、使用には一定の条件や制限がもうけられている。何でも好き勝手に視られるわけではない。
「あちらがエイリーですか」
フルードの声に従い、控え室の窓を見る。聞き取り室との境にある窓は、こちらからのみ向こうの様子が見える構造になっていた。
控え室よりさらに無味乾燥な聞き取り室には、小柄な少女がちょこんと腰掛けていた。俯いているせいでやや見えにくいが、その顔立ちはっきりとエイールに酷似していた。姉妹は祖母似なのかもしれない。
「過去視によると、売り飛ばされた先でカレアという名を付けられたようです。娼館でもその名で登録されていました」
バルドが困惑と憐憫を混ぜ合わせたような目で言った。エイールがふらりとよろめき、目元に手を当てがう。
「ルシィ、大丈夫?」
「うん……少し気分が悪くて。霊威で治癒すれば治ると思う」
フルードが気遣いを帯びた目で若い夫婦を見た。
「精神的なショックもあるのでしょう。少し外の空気を吸った方が良いかもしれません。エイリーには何と言って出て来たのですか?」
「あなたについて協議するからしばらく席を外す。この部屋の様子は監視しているから、下手なことはせず大人しく待っているように。そう言って出ました」
聞き取り室の壁には、監視霊具はもちろん、逃走や自傷行為を防止する霊具も埋め込まれている。
「過去視で知ったことについては、何も伝えていません。ですからあの子は、自分の出自や私が姉だということは知りません」
「そうですか。では、すぐに聞き取り室に戻らなくても良さそうですね。ここは私たちが見ていますから、神官バルドと共に外で一休みして来て下さい。万一具合が悪化した場合、すぐに念話を下さい」
「申し訳ありません、大神官」
恐縮しながら立ち上がり、ふらつくエイールと、新妻を支えるバルド。アリステルがエイールに近付き、手のひらに出現させた玉を渡した。
「神官エイール、これを。肌身離さず持っていろ。大神官命令だ」
「あの……この玉は?」
「これが何かということも含め、事情は追って話す」
説明を後回しにしたアリステルの判断は間違っていない。エイールはただでさえ妹のことで混乱している。ここでさらに、最初の奇跡の聖威師やレシスの神罰、サード家の隠し子のことまで話してしまえば、情報過多でパニックを起こしてしまうだろう。もう少し落ち着いてからの方が良い。
「ただ一つだけ、これはとても大事な物だということだけは言っておく。絶対にこの玉は手放すな。分かったな、約束しろ」
「は、はい。お約束いたします」
玉を大事に神官衣の奥に押し込んだエイールが頷き、聖威師たちに目礼すると、バルドと共に控え室を出て行った。
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