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38.妹姫は生きていた

お読みいただきありがとうございます。

 邪神は何度かエイールを指してこう言っていた。末裔()()、と。だが、エイール一人ならば複数形を用いる必要はない。


「フルード。エイールの血縁は異母の兄だけだったな? 母親違いの彼はレシスの血統ではないはずだ」

「はい。身上書の通りならば、彼女の両親と妹は死亡しています。考えられるとすれば、エイールの母サビーネが、エイリスト国王に見初められる前に他の男と子をもうけていたのかもしれません」

「サビーネさんのお母様……つまり私の祖父の初恋相手が、サビーネさん以外にも子を生んでいた可能性もあります」


 難しい顔で確認するアリステルに、フルードとアマーリエが推測を挙げる。


(サード家の歴代当主に、他にも隠し子がいたとか? けれど、それなら先日聖威でレシスの血を引く者がいないか確認した時、引っかかっているはずだわ)


 エイールが聖威の探査をすり抜けたのは、まさかの高位神の神器の力で目眩しされていたからだ。さらに高位の神である疫神とラミルファが、直々にヒントを出すという形で介入してくれなければ、アマーリエたちでも気付けなかった。だが、そんな特殊な事例は幾つもないだろう。となれば、サビーネやエイールに連なる血筋でまだ誰かいるとしか思えない。


「――ヴェーゼは、君を取り上げた叔母に死産と偽わられて連れ出されたのだろう」


 沈黙していたラミルファが、不意に口を開いた。


「ええ、そうですが……」


 唐突な言葉に、アリステルが転瞬する。


「ふふ。言葉も喋れず意思表示もできない赤子の生死など、案外簡単にごまかせるものだよ。王家という公的な家だから、資料や記録の内容も正しいなどということはない。あれらは所詮、時の権力者と勝者が書いた武勇伝だからね」

「まーアレだ、上位階級の奴らは、権力や賄賂で幾らでも事実を捻じ曲げるからな。清廉潔白なんざ程遠い。むしろ上に行くほど光も陰も濃くなってドロドロしていきやがる」


 二神が共に笑いを浮かべる。ラミルファは失笑、フレイムは苦笑。その言葉の意味を考え、アマーリエはサッと青ざめた。フルードとアリステルもだ。


「……も、もしかして、死亡ということになっているエイールさんの妹が……」


 恐る恐る言いかけた時、念話網が展開された。


《お話し中に申し訳ありません。アシュトンです。たった今、主任神官から連絡が入りました。エイールに関する事案なので、私の方に報せて来たのだと思います》

《エイールですか?》


 話題の人物の登場に、フルードが声を張り詰めさせた。フルードの休憩時間延長に伴い、その業務を肩代わりしているアシュトンも、エイールがレシスの血統らしいという説明は受けている。ゆえに、急いでこちらに連絡して来たのだろう。


《何かありましたか?》

《生後数日で死亡したとされていたエイールの妹、エイリーが生きていたそうです。現在、中央本府の調査棟の聞き取り室にいます》


 ◆◆◆


 エイールの父であるエイリスト先代国王の王妃は、大変に気性が荒く嫉妬深いことで有名だった。夫の愛妾であるサビーネと、その娘エイールにも、それは手酷く当たっていたらしい。平民出身の愛人ごときが、長女エイール、次女エイリーと連続して夫の子を生んだ。その事実が彼女の逆鱗に触れた。


 愛妾の子ということで、城の片隅でひっそりと産み落とされたエイリーは、誕生から数日でよく似た赤子の遺体とすり替えられ、死亡扱いにされた。医者はもちろん、世話役の女官と侍女も王妃に買収されていた。有力な貴族の家に生まれた王妃は、王城内にも自分や生家の息がかかった子飼いをたくさん持っていたのだ。


 時期は政務の繁忙期と重なる頃。父である当時の国王は仕事に忙殺され、次女の顔をゆっくり見たことがなかった。母サビーネも出産後に熱を出し、意識が朦朧としていたため、やはりエイリーをしっかりと見ていなかった。医師と世話役さえ引き込めば、すり替えが可能だった。


 本物のエイリーは裏の手段を通じて人買いに売り飛ばされた。8歳頃になると顔立ちが美しいと評価され、娼館に又売りされた。

 客を取るための教育を受けて育ったエイリーだが、生来体が弱かったこともあり、15歳で成人を迎えても水揚げは先送りにされていた。娼館側としては、幼女の頃から大事に仕込んで来た彼女を、いずれ店の看板にしたかったのだ。


 16歳になり、エイリーはついに客を取らされそうになる。自分の置かれた環境が嫌で仕方がなかった彼女は、客以外は立ち入りが禁じられている専用フロアに侵入し、客の移動用に備え付けられていた転移霊具をこっそり使い、一世一代の覚悟で娼館から脱走した。フロアの入口には見張りがいたが、わざと物を投げて音を立て、見に行かせている間に入り込んだという。

 大人しく口答えもしないエイリーにそのような胆力があるとは誰も予想しておらず、逃げるなど有り得ないと油断していた隙を突いたのだった。


 娼館の外に逃れたエイリーは虚弱な体を引きずって走りに走り、帝国に密入国しようとするが、検問で捕まった。出身地と目的を問い詰められるも、娼館に連れ戻されれば終わりだと思い、テコでも口を割らなかった。


 まだ若い少女ということ、何らかの犯罪に巻き込まれて逃げて来た被害者である可能性もあったことなどから、検問の担当者たちは手荒な方法で吐かせることを躊躇した。


 そして、神官の霊威で調査してもらおうと、エイリーを中央本府に引き渡した。彼女の取り調べ担当になったのがエイールだった。神官府の規定に則り、必要に応じた範囲と程度で過去視や自白の術を行使したエイールは、エイリーの素性を知ることになったのだ。

ありがとうございました。

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