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36.転んでも起き上がれるように

お読みいただきありがとうございます。

「は? お前、そんなこと言ってたのかよ」


 フレイムが眉をつり上げたが、ジト目を向けられた当事者は涼しい顔をしている。


「ふふ、君の動向を視ていたら、役所に行って写しを取り寄せたりしていたから、どうも勘違いしているようだなとは思っていたのだよ」


 ほら、と、音もなく紅茶を差し出してくれる。礼を言ってソーサーごと受け取り、濃い紅色の水色(すいしょく)を眺めながらカップを傾ける。


(……美味しいわ)


 蒸らす時間が多かったのか、いつもより少しだけ香りが強く、甘さが強い。全体的に深みが増した味わいが舌の上で解け、優しく胃に染み込んでいく。


「驚きで頭が疲れていると思ったから、味を濃くしておいた。アマーリエの分は、砂糖を二つ入れておいたからね」

「ありがとうございます、甘くて癒されます」


 ホッと表情を緩めたアマーリエを見て眦を下げた邪神は、先ほどの続きを発した。


「もう少しヒントを上げた方が良いかと思っていたが、辿り着けたようで何よりだ」

「お前なぁ、分かってたんなら何でもっと早く――」

「ほら、フレイムの茶も淹れてあげたよ。砂糖は何十個入れる?」

「入れねえわ! つか単位がおかしいだろ!? 数十個も入れたら溶けねえよ!」


 シュガーポットをグリグリ押し付けるラミルファと、押し返すフレイム。二神のやり取りはいつものことなので、聖威師たちは聞き流している。


「――何でも先回りして教えてあげていたら、この子たちのためにならない」


 ラミルファが手を止めた。諦めたのか飽きただけなのかは分からないが、全く残念そうな表情を見せていないので、多分後者だろう。


「保護者が進路にある石を取り除いてやっていた子は、その庇護を出て転んだ時、起き上がり方も手当ての仕方も分からない子に育ってしまっているかもしれないよ」


 ミルクピッチャーを取り、自分のカップに少しだけ白い液体を注ぎながら言う。


「特別降臨は期限がある。いつまでも側で手厚く守ってあげることはできないのだから」

「……まぁ、それはそうだな」


 一理ある意見なのだろう。フレイムはあっさりと引いた。だが、すぐに続ける。


「けど、俺にはこっそり耳打ちしても良かったじゃねえか。今日知ってビックリしたんだぜ。お前、いつ気付いたんだ?」

「アマーリエの内に眠る神罰が爆発寸前になった時だ。必死に調べまくる中で、レシス本家ではなくサード家に焦点を当て、変質した神罰に僕の力を同調させて探りを入れた。悪神の力同士だから呼応も大きくてね、深くまで探査できたよ」


 鮮やかな水面に咲いたミルクの花を一瞥した邪神は、スプーンでかき混ぜることなくそのまま口を付けた。


「そこで発見した。放射状に広がる神罰の因子の気配が、アマーリエとミリエーナ、ダライ以外にも伸びていることに。その先を覗いて、まだレシスの末裔たちがいると分かった」

「何でそれを俺にも言わなかったんだよ? ……あれか、ユフィーとセインには激甘だからて早々に白状(ゲロ)っちまうと思ったのか」


 妻と弟を猫可愛がりしていることを自認しているフレイム。だが、返答は否だった。


「違う。――僕の知ったことではないと思ったから」


 優雅な所作でカップを置いた邪神が、足を組んで泰然とソファにもたれる。その小柄な体から滲み出る、絶対的な超越者の御稜威。


「新たに見付けたレシスの末裔たちは、神ではない。その時点で僕の興味の対象外だよ。僕が気にかけるのは同族だけだ。神でない者がどうなろうと構わない。わざわざ君に伝える価値も感じなかった」

「いや、そこは伝えて欲しかったんだが……」

「僕の行動は僕自身が決める。そして僕はその価値を感じなかった。それが全てだ」


 竹を割るようにバッサリと言い切る邪神に、アマーリエはああそうだったと思い出した。目の前の少年は、神以外には欠片も優しくないのだ。すっかり軟化した態度ばかり向けられていたから、実感が薄くなりかけていた。

ありがとうございました。

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