34.祖父の過ち
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《フ、フルード様! アリステル様!》
メモ用紙の文を読んだアマーリエは、すぐさま大神官兄弟に念話を送った。フレイムも念話網に入れている。
《アマーリエ?》
《どうした》
間髪入れずに応えがあり、ホッとする。
《緊急連絡です。仕事ではなくプライベートな用件と言えばそうなので、勤務時間中に連絡して良いのか分からないのですが、でも緊急です》
《何だそれは……?》
《アマーリエ、落ち着いて。とにかく話してみて下さい。何があったのですか?》
訝しげな声を返す兄弟に、震える喉に力を入れて告げた。
《――私たちと同じ……レシスの神罰を継ぐ者が、まだいます》
念話の向こうが凍り付く気配があった。
《実家の整理をしようとサード邸に戻ったところ、祖父の部屋で家系図を見付けました。家に伝わる原本や役所の写しには書かれていない者の名前が載っているのです。祖父がこっそり付け加えたのだと思います》
《家系図と一緒に写真とメモもあってな、メモにはこうなった経緯が書かれてた。、読んでビックリ、俺の力で過去視をしてさらにビックリだ》
フレイムも一緒に説明してくれた。彼は一度天界に還り、神威を解放して過去を視通し、すぐにまた降りて来てくれたのだ。
「メモと過去視から分かったことを要約して説明するぜ。――サード家の先代当主、つまりユフィーの父方の祖父には、初恋の相手がいたらしい」
◆◆◆
アマーリエの祖父が恋した相手は、神官府で出会った。彼女も神官だったのだ。両者は惹かれ合い、祖父は彼女にオーダーメイドのネックレスを送った。右耳に金の輪を付けた、青いウサギのネックレスだ。
しかし、彼らが結ばれることは叶わなかった。彼女の両親と祖父の両親は、仲が悪かったのだ。結婚は許されず、祖父は親に決められた相手と添い遂げることになった。
だが、どうしても互いを忘れられなかった二人は、祖父の結婚前に夜を共にした。その一夜で、彼女の腹に生命が宿ってしまったのだ。
当然、妊娠がいつまでも隠し通せるはずもなく、程なくして彼女の両親に露見した。誰との子だと問い詰められても、彼女は頑として口を割らなかった。
この不名誉な事実が外に知られれば問題だと頭を抱えた彼女の両親は、お腹が大きくなり始めていた娘を邸に軟禁した。属国にいる親戚の容態が悪く、しばらく介護を手伝ってもらうという理由を付け、神官府は長期に休ませていた。
その間に人知れず子を産み落とした彼女は、どうにか邸から抜け出し、こっそりと祖父を見に行った。
その時、胸騒ぎがして振り返った祖父は、物陰に隠れていた彼女を発見してしまう。その腕に抱かれた乳飲み子の姿も。見付かった彼女は観念し、全てを話した。
娘が置かれていた状況も、身ごもっていたことも知らなかった祖父は驚愕し、責任を取ると申し出た。彼女が抱いている子にその場で名を付けた上で、認知すると申し出たのだ。だが、彼女は首を横に振った。
『あなたにこれ以上迷惑はかけられません。私の両親にも何も言わないで下さい。本当はこうして会いに来ることも控えるべきでした。でも、あなたはこの子の父親ですから……一度だけ、遠目にでも会わせてあげたくて、来てしまいました』
祖父の姿をこっそり見るだけで、すぐに去ろうと思っていたという。だが、惚れた男の勘か父親の本能か、祖父は彼女と子の気配を察してしまった。
『私は今日をもって、この国から消えます。実家に伝わる高位の神器の力を借り、属国のどこかに身を隠します。この子と共に慎ましく暮らして行ければ、それで十分です。私の昇天資格は放棄したいと、実家の神器を下さった神に願い出て、お認めいただきました』
これで、彼女は死すれば一般人と同様に転生する。祖父が死後に神使となって昇天し、天界で彼女を探そうとも、愛する者はどこにもいない。
『あなたも私たちのことは忘れて、幸せになって下さい。この子に名を付けてくれてありがとう』
そう言った瞬間、彼女の姿は煙のように消えたという。
彼女の実家は代々続く神官兼貴族の家系であり、先祖が高位の神より賜った神器が伝わっていた。ブドウを模した形をしたその神器は、一度の使用ごとに一粒を消費することで、可能な範囲内で所有者の願いを叶えてくれる力を有していた。
彼女は両親の目を盗んでその神器を使い、自分たちが無事に逃げ切れるよう、誰かが自分たちを探しても見付かることのないよう願いをかけた。そして、自身の昇天資格を放棄する代償として、ブドウ型神器の残りを創生神へ返還した。昇天資格の放棄は神官の一存でできるものではなく、神の許しが必要になるが、神器を返すことを条件に認められたという。
両親にはそのことも含め、『この子と共に生きていく。探さないで下さい。私は死んだものとして死亡扱いにして下さい』と書いた置き手紙を残していた。
手紙を読んだ彼女の両親は、彼女の行為に激怒した。家宝である高位神器を持ち出し、独断で返上してしまったのだから、当然ではある。勝手にしろ、お前はもう私たちの娘ではないと、事故死したことにして死亡手続きを取った。家族で海に行った際に大波にさらわれて沈んでしまい、遺体も残っていないということにしたのだ。
祖父も彼女の行方を探したが、手がかりはつかめず、死の間際まで初恋の相手と我が子への申し訳なさを抱えていた。
祖父の初恋の相手が生み落としたのは、娘だった。その子に祖父が付けた名は、サビーネといった。
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