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33.至福の思い出

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「さあセイン、お昼の時間だ。どれにする?」


 パカっと開いた大きなバスケットには、パンがぎっしり詰まっている。


 クロワッサンにロールパン、フルーツパンとベーグル、チーズパン、チョコレートパン、デニッシュ、カスクート、ピザパン、シチューパン、クリームパン……様々な品が整然と並べられた、まさにパンの宝石箱。

 別添えで、バターとジャム類、クリーム、シロップやソースに各種調味料の小瓶が入った籠も置いてある。


「どれでも幾つでも好きな味付けでお食べ。もちろん全部食べても良いのだよ」


 上機嫌な邪神がにこにことバスケットを差し出す。中身を見つめてうーんと考え込んだフルードは、隅っこにひっそりと挟み込まれていたパンを取った。小麦を練って焼いただけの、シンプルな丸パンだ。ベーカリーショップに行けば、籠に盛られて最安値で叩き売られているような、庶民的なものである。


「最初はこれにします」

「……くっ……!」


 何かに打ちのめされたような、敗北感満載の顔でガックリと肩を落とすラミルファ。


「どうして君はいつもいつも丸パンばかり選ぶのだい」

「僕の至福の思い出だからです。ラミ様と最初にお会いした時にいただいたこのパンが、僕が生まれて初めて口にしたまともな食べ物でした。一口食べて、これが天上の味だと思いましたよ」


 フルードは丸パンを一口ちぎって口に入れ、心の底から幸せそうな顔で微笑む。


「やっぱりこれが一番美味しいですね」

「せめてバターやジャムを付けておくれ」


 対面に座る邪神は、愛しそうな切なそうな、ちょっぴり悲しそうな、複雑な表情を刷いた。


「最初にもっと良いものをあげていれば……あの時は人間の食べ物をよく知らなかったから……僕としたことが」


 口の中でブツブツと呟いている。フルードの胸から、パチッと小さな火花が弾けた。


「何だい? ……そもそも丸パンを入れなければ良いだろ? 丸パンがあっても他のパンを取ってくれるようにならなければ意味がないじゃないか。大体、君がもっとしっかりセインの胃袋を掴んで、贅沢な味に慣れされていれば良かった話だろう。全く、使えないな君は。……やーい負け惜しみ? うるさいな、君の方こそ――」


 フルードは二神の会話を聞き流しながら丸パンを咀嚼する。


『自身の内にいるお兄様』が自身の包翼神と掛け合っているのも、もう慣れた。()()()()()()()は、半歩間違えれば疫神も驚愕のトンデモ行動を躊躇なく実行するので、普段は極力表に出ないで下さいと頼みに頼んでいる。


 その甲斐もあり、フルードが一人の時や、ラミルファやフレイムなど近しい神しかいない時を除けば、ほとんど大人しくしてくれている。


 丸パンを食べ終わり、自分好みの味と濃さ、温度に淹れられた紅茶を一口飲む。薄くスライスされたレモンやオレンジ、林檎などが添えられていたため、少し悩んでオレンジを浮かべた。


 熱々のオレンジティーを堪能しながらバスケットを見つめ、次のパンはどれにしようかと考える。クロワッサンにバター、ベーグルにジャム、あるいはピザパンにオリーブオイルか、カスクートにドレッシング……次々に思い浮かぶ選択肢に頭を悩ませていると、不意にラミルファが無言になり、薄い笑みを浮かべた。


「…どうやらきちんと辿り着けたようで何よりだ。セイン、いや、フルード。残念だがランチタイムは早々に終了だ。パンは後でお食べ」


 自分への呼称が変わったことで、有事が起こった――あるいはこれから起こる――ことを察し、表情を引き締める。


 完全にプライベートな時を除けば、勤務中やその延長にある時間は、互いを秘め名や愛称で呼ばない。これは、フルードがラミルファに願って了承されたことだ。

 偽聖威師の騒動の際、葬邪神の異空間に閉じ込められた時はその限りではなかったが、あの空間内では普段秘している包珠の関係を表出させていたので別枠だ。


「何かありましたか?」


 一体何事だろうかと思いながら問いかける。焔の神器がスゥッとフルードの奥へと引っ込み、バスケットを異空間に収納した邪神は唇の端をつり上げた。


「すぐに分かるよ。さて、彼女とフレイムの分の紅茶も準備をしておこうか。きっとヴェーゼも来るだろう」


 彼女という単語とフレイムの名が同時に出たことで、どうやらアマーリエ関係で何かあったようだと勘付く。


 その少し後、フルードの脳裏で念話が弾けた。

ありがとうございました。

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