31.一方、神官府では
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えーいっ、と、まだ幼さを残す声が壁にぶつかって反響した。
淡い青白色の光を凝らせた双剣を左右に持ち、修練用の衣を纏ったランドルフが跳躍する。目にも止まらぬ速さで繰り出される刃の乱舞。上下左右、変幻自在に放たれる剣戟を、スラリとした長剣を掲げたフロースが最小限の動作でいなす。
ランドルフと向かい合うフロースの斜め後ろから、ルルアージュが肉薄した。柄にも刃が付いた双刃の薙刀を宙に踊らせる。
双剣の一本と長剣が組み合った。ランドルフの手が即座に動き、もう一振りの刃を振るう。同時に、ルルアージュも一撃を入れた。
フロースは軽く上体を捻って双剣を躱し、長剣を持つ手を翻すように閃かせ、噛み合った双剣ごとランドルフを吹き飛ばした。そのまま背後まで剣を振り抜き、グレイブの攻撃も打ち払う。
まとめて振り払われた兄妹は虚空で手を掲げながら一回転し、体勢を立て直す。その掌中に、たった今飛ばされた獲物が再び出現した。宙で武器を構え直し、着地と同時に再び踏み込もうと体を屈め――
涼やかな鐘の音が鳴った。昼休憩開始の合図だ。駆け出そうとしていたランドルフとルルアージュが止まる。
「時間だ。ここまでにしよう」
あっさりと言ったフロースが長剣を下ろした。彼は修練開始時から、一歩も場所を動いていない。
「ありがとう、ございましたぁー」
「あ、ありがとう……ございました……」
礼を述べた兄妹の方は息が上がり、大粒の汗をかいている。
「聖威師の修練相手なんてほとんどしたことがないから、上手くできたか自信がないのだけど。これで良かったのかな」
心配そうに首を傾けるフロース。その気になりさえすれば、煉神や運命神、魔神とも対等に戦える彼だが、元来が引き籠り気質なので体を動かすことは少ない。
「今日はアマーリエが休みだし焔神様もいないから、私が相手をしたけど。怪我してないか?」
「はい。天の神に直接指導していただける機会は貴重なので、嬉しいです」
聖威で体力を回復させたランドルフがにっこり笑う。優しい碧眼が、陽光を浴びた海面のように輝く様を眺め、フロースは目元を和ませた。
「お時間を頂戴してしまい、申し訳ございませんでした」
ルルアージュが淑やかに頭を下げる。天の神ならばラミルファもいるが、ちょうど大神官室に来客が来ていて従者ごっこの真っ最中だったので、空いているのがフロースしかいなかったのだ。
「良いんだよ。今はレアナが書類仕事に集中していて、私も手持ち無沙汰だったから。焔神様には何度か稽古を付けてもらったんだろう?」
「はい。……僕たちには時間がありませんから」
ランドルフの双眸が切なさを帯びる。父に残された時間があと僅かであること、アマーリエと並んで大神官補佐の地位にある自分が、遠からず父の後釜に座ることを覚悟している目だ。
「焔神様はお優しいのです。私たちを弾き飛ばしても、体を打ったりしないよう神威で包んでそっと降ろして下さいます。この前は、あまり甘やかさないで下さいとお父様に叱られていました」
フルードに抗議の目でじぃっと見つめられ、長身を縮めてしょんぼりしていたフレイムを思い出し、ルルアージュが苦笑した。フロースも頰を緩める。
「焔神様らしいな」
「父上は、僕が焔神様に気に入られていると思い込んでいるんです」
そう言ったランドルフが、双剣をクルリと一回転させて消し去った。
「焔神様が、時々僕のことをものすごく慈愛に満ちた目で見ていらっしゃるから、目をかけて下さっていると考えているみたいです」
ありがとうございました。




