30.書斎にあった秘密
お読みいただきありがとうございます。
「まあ、何もないとは思うけれど。私が清掃で何度か入った時は、歴史書や専門書くらいしかなかった気がするし」
とはいえ、祖父の死は突発的なことだったという。雨の日に夜道を歩いていて足を滑らせ、水位が急増した川に落ちたのだ。
つまり、先を見据えて家の整理はしていても、自分のプライベートな領域はこれからだったかもしれない。ダライは祖父と関係が良好ではなかったらしく、祖父の部屋を片付けている所は見たことがない。
念のため、と、書斎に入る。デスクとイス、最低限の家具しかない部屋だ。壁際に取り付けられた棚には、びっしりと専門書が並んでいる。歴史の当主が集めたものだ。
「……やっぱり本しかないわね。うん、終わり。帰りましょう」
やはり無駄足だったかと思いながら告げると、部屋を見渡していたフレイムが、棚の一角を見て呟いた。
「ここら辺の本は色褪せしてるな」
「それは昔の当主たちが読んだ本だから。最近のはこっち。ほら、この辺りは綺麗でしょう?」
別の場所を示し、一冊を抜き出す。紺色の背表紙に包まれた分厚い本だ。
「これは確か、お祖父様が読んでいた本らしいわ。世界各国の観光地や名産品が載っている図鑑よ」
「ん? その本、何か挟まってるぜ?」
「え?」
言われて見ると、表紙の間に折りたたまれた紙が挟まっていた。
「何かしら? 図鑑の付録とか?」
紙を引き出して開いてみると、内側には小さなメモ用紙が数枚と、写真が入ってた。折りたたまれていた紙はサード家の家系図だ。
「どうして家系図がここに? この写真の女の人は誰……あら? このネックレス、エイールさんが付けていたものと同じじゃない?」
写真の中で微笑む、金髪碧眼の美しい女性。その胸元に輝くのは、右耳に金の輪を付けた青いウサギのネックレス。特徴的なデザインなのでオーダーメイドだと思っていたが、量産品だったのだろうか。だが、これほど大きなサファイアは何個も手に入るものではない。
(いえ、待って……この女の人、エイールさんに似てない?)
胸の奥がざわめいた。何かの予感を覚え、家系図に目を落とす。ちょうど祖父とダライの代を記した部分だ。先ほど確認した原本と、役所で取り寄せた写しと同じ――
「――え……」
アマーリエの目が一点に釘付けになる。祖父の右隣に記された、祖母の名。両者の間から降りる線の下に、ダライの名がある。
そして――祖父の左隣に書き加えられた、見知らぬ女性の名。祖父とその女性の間から伸びる縦線の下に、別の名前がある。
「どうしたユフィー?」
フレイムが覗き込んで来る。紙を持つ手が震えそうになるのを抑え、生唾を飲み込んだ。
「こ、こんなの、原本と役所の写しにはなかったわよ」
祖父の左隣の女性の名には、覚え書きのようにこう記されていた。
『我が初恋の君』
その下にある名にも、簡潔なメモがしたためられている。
『愛しき我が娘』
「……なに、これ……」
渇いた声が漏れる。ドクドクと早鐘を打つ心臓を宥めながら、アマーリエは残りの紙――小さな紙片数枚に目を走らせた。
ありがとうございました。




