28.迫る刻限
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「フルード君、最近本当に体調が良くないみたいだよね。この前、義兄様とラウお義兄様との任務でも、神器鎮静をこなした後でたくさん血を吐いたんだって」
日香も沈んだ声で呟いた。ここにはいない秀峰とオルディスも、フルードのことを相当案じている。
「アマーリエちゃんとリーリアちゃんには、頃合いを見て余命のことを伝えるって言ってたらしいけど」
漆黒の瞳が遥か下方に向けられる。眼下に広がる街並みは、砂糖粒のようにしか見えない。フレイムの指導を受ける前のフルードであれば、ここまで上昇する前に恐怖で失神しているだろう。現在の彼は、狼神の背に仁王立ちして飛び回り、焔の槍を天界にぶん投げるほど逞しく育ったが。
「アリステルとて近く寿命が終わる。聖威師が立て続けに6名減ることになるのか」
「アシュトンと当真、恵奈だってもう長くないよ。近年は高位神器の暴走が頻発していた。それと対峙する度に寿命が削り取られてくんだから。次には彼らの子どもたちがいるから、まだ安心だけどねー」
高嶺とクレイスも思案気な眼差しで宙を見つめる。
「天威師側だって滞留年数には上限がある。俺たちの子ども世代が太子になって後に控えてるし、代替わりの時期はそんなに遠くないだろうねぇ」
人間たちにはあまり知られていないが、天威師が地上にいられる年数は限りがある。そうしなければ、いつまでもズルズルと留まるかもしれないからだ。情に篤い皇家の天威師は特に。なお、自分や周囲の時間を操作するなどして上限を伸ばそうとしても、それは認められない。
「俺もあと数年くらいで還るつもりだよ。父上……橙日上帝様は、眠り神覚醒の対処のために祖神に頼み込んで、どうにか特例中の特例で上限を超えて留まることを許されたけど、対処が終わったらソッコーで強制昇天になったし」
ふわ〜と虚空を滑るように進み出したクレイスに続き、日香と高嶺、聖威師たちも続く。
「佳良たちも昇天した後は超天に来てくれるよね? 俺たち、待ってるよぉ」
「ええ、時折は」
頷いた佳良に、日香がほやんと笑う。
「その時はたくさん話そうね〜」
天界より更に上の境地にある超天。至高神が御坐すその絶域は、天威師が還る虹色の世界だ。だが、至高神しか辿り着けないわけではない。神々の中でも一握りしかいない高位神――つまり色持ちの神であれば、超天にも到達することができる。ゆえに、最高神を含む高位神たちは、天界と超天を行き来している。
「フルード君とアリステル君も来てくれるよね。まだ先の話だけど、アマーリエちゃんとリーリアちゃんも」
アマーリエとリーリアはまだ、自分が至高神と同じ領域に足を踏み入れることができることを知らない。知った時は驚きで心臓を超絶回転させるだろう。
「もしお気が向かれれば、天界にも降りて来ていただけますと神々が喜ぶでしょう。大半の神は色を持っておりませんので、自力では超天に行けませんから」
「そうだな、たまには降りても良いかもしれない」
当波の言葉に、高嶺が乗り気な様子で首肯した。全員が速度を上げ、風を切って薄い大気の中を飛ぶ。
「私たちの残り時間は、あと一年足らず。その時が訪れるまで、真摯に己の務めに向き合うだけです」
「そうだね。俺たちもそうするよ。――じゃあ戻ろっかー。次の仕事に行かないと」
佳良の呟きを合図に、クレイスが明るく号令をかける。頷いた聖威師が目礼し、天威師がヒラヒラ手を振った。
次の瞬間、色とりどりの輝きが弾け、放射線を描くようにしてそれぞれの行くべき場所へと散っていった。
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