27.先達とフルード
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「そうだね、二人とも凄い速さで成長してるもん。……にしても、佳良はもう聖威師歴90年の大御所様かぁ」
「はい、7歳で徴を発現すると同時に見初められましたので。一桁ではありますが、この子に比べれば遅いと言えるでしょう」
この子、視線を向けたのは当波だ。日香と高嶺からすぐさまツッコミが入る。
「ちょっとちょっと佳良ってば、当波と比べたら駄目だよ〜」
「当波は1歳で寵を受けたのだ。歴代聖威師の中でも稀に見る速さと言えるだろう」
生誕から僅か一年で、選ばれし神である雷神に見初められた鬼才。赤子とも言える年齢で鳴神の神格を得た当波には、人間として生きた記憶がない。ゆえに、その精神は生え抜きの神に限りなく近い。人間らしい感性や心情が非常に薄いということだ。
それもあり、身内である者――神格を持つ者に対しては、どこまでも穏やかで慈愛深いが、神でない者に対しては態度も気配も激変する。従わない者には砂粒ほどの情け容赦もない。
通常、聖威師は元人間であることから人への愛着を有しているが、彼にはそれが無い。
「それが原因で、とんだ跳ねっ返りの聖威師になってしまいましたが」
佳良がジットリした目で当波を見る。生粋の神に等しい精神を持つ彼は、ごく一部の例外を除けば、同胞にしか情を抱かない。歯向かうならば、神器すらも鎮静化せず粉砕して消滅させる。ただし、焔の神器は別だ。あれは神格を持つ神でもあるため、敬愛すべき同族と認識している。
「受け継いだ血もあるのでしょう。当波は外見こそ黒髪黒目……穏和な皇国人のそれですが、内面の気質は明らかに帝国人のものですよ」
新たな声が場を震わせた。オーネリアだ。隣にはライナス、そしてクレイスもいる。
「一位貴族と大公家は数千年に渡って通婚を重ねています。両家の者は身の内に東西双方の血を汲んでおりますから」
日香がパッと顔を明るくし、ブンブン手を振る。もはや皇后の威厳など欠片もない。
「オーネリアとライナスも来たんだ〜。ティルお義兄様と仕事だったの?」
「別々の任務だったけど、帰りに行き合ったんだよぉ。で、日香たちの気配がしたから来てみたんだ」
クレイスがふんわりとした笑みで言う。日香がパチンと手を叩いた。
「ねえねえ、佳良ってもう聖威師歴90年になるんだって。オーネリアもそろそろ60年だっけ。当波も50年くらいだし、ライナスだって40年近くいってるよね。今度お祝いしようよ」
「私にとっては慶事とは対極にあることですので、お気遣いなく」
当波が笑顔で言う。彼は一日でも早く天に還りたがっている。地上にも人にも未練がないからだ。それでも己の心を殺し、定命が来るまで人の世に滞留しているのは、ただの義務感に過ぎない。自分が聖威師として人々に頼られている認識はあるのだ。
「祝いは結構です。私たちは四名とも、間もなく寿命が来ますので」
佳良が目を伏せた。日香から笑顔が薄れる。
「あっ……そうだったね。ごめん」
「いいえ。私はもう十分に長寿ですし、オーネリアもそこそこ生きました。当波とライナスは元々の天命が長くないですから……」
「私はあと半年と少しで寿命を迎えます。数日から数か月の誤差はあるでしょうが、先は見えていますので」
嬉しくて堪らないといった調子で言う当波の台詞に続き、ライナスが憂慮を帯びた声を上げた。
「ですが、私たちよりフルードの方が早く逝くかもしれません」
途端に、佳良とオーネリア、当波が悲愴な顔付きになった。
聖威師になりたての頃、まだフレイムと出会う前のフルードは、精神的にとても不安定だった。生育環境が大きな要因なのだが、それはもう臆病で怖がりで、神官府の物陰や隙間に入り込んではメソメソ泣いていた。夜も一人では眠れず、怖い夢を見て飛び起きてしまうことも頻発していた。
そんな時期の彼を支えていたのがこの四人だ。隠れたフルードを探しては励まし、泣いていれば慰め、寝付けないようであれば交代で添い寝してやっていた。もちろん、失敗や良くないことをした時はきちんと注意をしてもいた。ゆえに、フルードに対しては親心のようなものを抱いている。
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