26.その頃の先達たち
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アマーリエたちがのんびりと茶会を催している頃。神官府では、出勤日に当たっている者たちが通常通りの業務を行っていた。一般の神官も、主任神官や副主任神官も、神使内定者も――聖威師と天威師も。
叩き落とされた甚大な神威が逆巻く中、遥か空の上を幾条もの閃光が架ける。四方八方で弾ける天よりの火花、全方位に爆ぜる怒涛の御稜威。それらと戯れるように踊り、宥め、慰撫する紅と藍の輝き。共に虹を帯びている。
並行して別の光が二つ、周囲を飛翔する。梔子色と露草色だ。手負いの獣のようなゴロゴロとした低音が響く中、無数の球体が不規則な鳴動を上げながらジグザグに飛び交っている。球がぐにゃりと歪むたび、悲鳴のような騒音と共に神威の凶弾が放出され、嵐となって降り注ぐ。
迎え撃つのは梔子色の輝き。皇国において、古くは不言色とも呼ばれた赤みがかった濃黄だ。優美な痩躯が、肢体を回転させながら腕を振るう。雨霰と押し寄せる弾幕が根こそぎ撫で斬りにされた。縦横無尽に駆け巡るデタラメな一斉掃射を、艶やかな繊手を振るいながらいなしていく姿は、極限まで洗練された円舞のごとく美しい。
その背後で、明るい淡青色――露草色の光が瞬く。刹那の間に梔子色を追い抜いた青い流星が、周囲の雲を一直線に裂きながら空を走る。びっしりと浮かぶ球体の群れを片端から破砕しつつ直進し、奥で守られるように揺蕩っていた一際巨大な球に急迫すると、飛翔の勢いを乗せた鮮やかな上段回し蹴りをお見舞いした。
天空を揺るがす大轟音が鳴り響き、大球が爆散した。中から一回り小さな光球が出現し、一目散に逃げようとするが、間髪入れずに翻った腕が、掌中に閃いた稲妻を投擲する。
瞬き一つもしない刹那、青い雷槍が球の中心を貫通した。光る球は砕け散り、粉微塵になって宙に溶け消えていった。同時に、大量に漂っていた他の球や弾丸も幻のごとく消え失せる。
「こらっ」
梔子の輝きを纏う佳良が眉をつり上げた。一瞬で転移し、標的の頭を軽くはたく。露草の光が揺れ、後頭部を抑えた細身の男性が振り返った。
「当波、あなたは全く……また神器を破壊しましたね」
「所詮道具です。我らの同胞たる神そのものではありません。しかも此度の物は、創生神が所有権を放棄しています。ならば、容赦や配慮など不要」
穏和な顔で物騒なことを言う当波に、佳良は二発目を食らわせようとするが、ほっそりした体躯を軽やかに反転させてヒラリと躱される。
「残念、今度は外れです」
「もう」
当波がにっこりと告げ、頭が痛いと言わんばかりの顔で嘆息する佳良。
と、荒れ狂っていた神気が鎮まった。怒れる御稜威の余韻すら消え果てた後には、そよ風が吹き上がる蒼穹だけが残る。
佳良と当波がつと姿勢をただし、目礼した。向かいから紅と藍の光が飛んで来る。
「佳良〜、当波〜、神器の対応ありがとう!」
「こちらも荒神を鎮めた」
紅の光を放つ日香がきゃらっと笑い、感情の起伏を浮かべぬ高嶺が続けた。
「恐縮です、紅日皇后様、藍闇皇様」
「ご対処いただき、感謝申し上げます。想定より早く終わりましたね」
キビキビと頭を下げる佳良の横で、当波が柔和な面差しを綻ばせた。高嶺の表情も僅かに緩む。
「そなたたちが即応してくれたゆえ、時間がかからずに済んだのだ」
「佳良たちはやっぱり手際と安定感が違うよね〜。アマーリエちゃんとリーリアちゃんも瑞々しい元気さいっぱいでよく頑張ってくれてるけど」
「年季の差です。私はかれこれ90年も聖威師をやっているのですよ。当波とてもう50年ほどになりますか。神格を得てから一年も経っていないあの子たちとは、経験値が違います」
当然の話だと返す佳良に、当波が微笑む。
「アマーリエとリーリアは、あくまで一般神官の家系の生まれ。一位貴族や大公家の子女のような専用教育も受けて来なかった中で、精一杯やっています」
なお、フルードとアリステルは、神官の家系ですらない貧民の一族から聖威師になったが、僅か数年で佳良たちと同等な手腕を修得した。だが、彼らは天の神々がこぞって育て上げたので、特殊な事例だ。
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