22.エイールは身の置き所がない
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「…………」
アマーリエは冷や汗をかいた。それはフォローのしようがない。
「……その、とても失礼な言い方をしてしまうけれど、ごめんなさい。よく王位に即いたままでいられるわね、あなたのお兄様……」
思わず漏れてしまった本心だ。アシュトンが素早く割り込んだ。
「ここで話したことは、この場だけの話にしよう。外に吹聴したりはしないから、思うことを正直に言ってくれて良い。声が他のテーブルに聞こえないよう、結界も張っておく」
「感謝いたします、神官長。――私もアマーリエ様と同様に思います。現在のエイリストは、兄の他に成人の王族がいないのです。遠縁はいますが、とっくに臣籍降下しています。彼らを王族に戻すとなると、様々な承認や手続きが必要で、国王の協力を得ず臣下だけで強行するとなれば相当な手間と時間がかかります」
ならば聡明で優秀な者を王妃に迎え、世継ぎがマトモに育つように教育したいところだが、現国王は男色の気があるらしく、どれだけ縁談を持ち込んでも決して首を縦に振らないという。
「宰相たちが陰で動いており、数年以内には遠縁の王族籍復帰が叶う予定です。そうなれば、兄は王位を追われるでしょう」
「中央本府にもエイリストからの陳述書や近況報告が届いている。聖威師である私は特定の者に肩入れしないため、純粋に事実だけを述べるが、エイールが女王になった方がよほど良かったという声も上がっているそうだ。エイールの妹が生きていれば、と嘆く者もいるとか」
「妹?」
目を瞬かせるアマーリエに、エイールが説明してくれる。
「私と同母の妹、エイリーです。未熟な体で生まれ、数日と持たずに命の灯を消しました。……ただ、どのみち私は正式な王女ではありませんでしたし、絶縁書を書かれて公的にも王家を追放された身。国民のことは気になりますが、今更戻ることは有り得ません」
きっぱりとした答えに被せるように、黙っていたバルドが険しい顔付きになった。
「向こうから絶縁した癖に、エイリスト国王は未だ私に連絡をよこすのです。ルシィはお前と共にいるんだろう、最高神の神器を立て続けに暴走させて中央本府に睨まれている、何とかしてくれと頼んでくれ、我が妹に兄を助けてくれるよう伝えてくれと言うのです」
神官府の会報で、エイールが嵐神の神使に選ばれたと知った途端、掌を返してすり寄って来るようになったそうだ。
「私とルシィがエイリストを出奔した後、彼の国の王都にある神官府も変わりました。当時の主任神官や要職者は常識ある人々だったのですが、国王に難癖を付けられて次々に降格され、地方の分府に飛ばされてしまったのです」
エイールが最初に無理強いされた、70歳の老人との結婚。それを無効にするために当時の主任神官や良識的な神官たちも一役買ったため、国王から恨まれていたのだ。
「現在のエイリスト王都神官府を席巻する神官たちは、国王の言いなりになる奴らが大半です。霊威は弱く、汚職や賄賂を当然のように行う者たちばかり。国も神官府も共倒れするでしょう」
「兄が王位を追われれば、分府に左遷された神官たちを呼び戻せます。そうすれば国も浄化されるでしょう。あと数年の辛抱だと思っています」
エイールが力強い眼差しでアマーリエとアシュトンを見据えた。小柄な体から立ち上るのは、紛れもなく先代国王の血を引く者の矜持だ。
「祖国に戻る気はありませんが、陰から手伝えることはしています。エイリストの宰相や大臣と、王族籍に復帰してもらう予定の遠縁との橋渡しをしたり。地方に左遷された神官たちに物資を送ったり、給金の一部を国の運営資金として寄付したり、小さなことですが」
バルドや一部の貴族もエイールに協力しているという。
「王位の交代が起これば、どれだけ上手く事を運んでも多少の混乱は起こります。それに乗じて王家の貴重な資料が失われないよう、宰相たちと連携して少しずつ原本を転送してもらい、写しを取って返却するなどして備えてもいます」
(偉いわ。もう縁を切った実家のことにきちんと向き合っているのね。私も見習わなくては)
内心で感心するアマーリエは、こっそりと反省した。
(サード家はきっと私で終わる。なら、家をたたむ作業はきちんとするべきだわ。もう貴族ではないからといい加減にするのは良くないわね。先人たちが紡いで来た歴史があるのだから)
大切なことを気付かせてくれたエイールに、胸中で礼を述べる。
(近くサード邸に行きましょう。そして、資料の原本をきちんと確認して、整理するの。もちろん家系図も。どこかで写しと変わっていることだって、有り得なくはないのだし)
そう決意した時、フレイムたちが戻って来た。エイールとバルドがハッと口を閉じる。
「こ、このような内輪話をしてしまい、申し訳ございません」
「せっかく起こしいただきましたのに、楽しいお話もできず……」
「構わない。取り繕った無難な態度ではなく、本心で向き合ってもらえて、こちらも嬉しかった。引き続き神官の職務に励みなさい」
「きっと今後もお話しできる機会があります。その時はまたよろしくね」
何事もなかったような顔で締めくくるアシュトンに追随し、アマーリエも笑顔を浮かべた。
「アマーリエ様、もう一つだけよろしいでしょうか。先だっての災害ではエイリスト王国をお救い下さり、ありがとうございました。アマーリエ様とリーリア様のおかげで、我が故郷の民がどれだけ助けられたことか。心より感謝申し上げます」
「あれは聖威師としての務めを果たしただけよ。けれど、そう言ってくれるとこちらとしても本望だわ。今の言葉はリーリア様にもお伝えしておくわね」
表情を改めて一礼するエイールには、やはりエイリスト王家の血が入っている。そんなことを思いながら、にこやかに返答して場を切り上げる。さて、実家にはいつ行こうかと、己のスケジュールを高速で組み立てながら。
ありがとうございました。




