17.先代大精霊とフレイム
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《え……》
思いもよらない言葉にフレイムを見ると、山吹色の目が忙しなく泳いでいる。美しく整った容貌には、『俺、超気まずいぜ』とデカデカ書かれているかのようだ。
《焔神様は最初は精霊として生まれ、火神様の下働きをしていた。その頃、他の精霊の一部から相当に陰湿かつ苛烈な虐めを受けていた》
《嵐神様、もう済んだことだから……》
《い、虐めって――何をされていたんですか?》
フレイムが口を挟む。だが、普段の力強い声とはまるで違うモゴモゴしたものであったこともあり、アマーリエの声にかき消されてしまった。
《アマーリエの心が耐えられる範囲で、一部を話すとすれば……仕事について間違ったやり方を教えられる。事前に道具に細工され、わざと神の御前で失敗させられる。神の指示で準備した物を壊されたり汚される。精霊たちが交代で管理している神具を、焔神様が担当の日に隠されたり壊される。そして、それらの責任を全て押し付けられていた》
《……何それ……酷い》
(そんな話、聞いたことないわ)
いつもカラリと明るく笑っている姿からは、想像もできない。アシュトンを見ると、無言のまま首肯して来た。彼女は知っているのだ。であれば、フルードたちも当然知っている。
《先代の大精霊は、それらを見て見ぬ振りをするだけでは飽き足らず、自分も積極的に加わっていた。精霊たちを統括して引き締めるべき立場にある存在が、よりによって虐めを容認し、加担していたのだ》
アマーリエはテスオラ神官府の先代主任を思い出した。あの主任もそうだった。家族から理不尽に扱われるアマーリエを、助けてくれるどころか一緒になって冷遇していた。
《嵐神様、これ以上は……》
《勝手に話してしまってすまない、焔神様。だが、アマーリエが昇天して天界に来れば、何かの形で嫌でも耳に入る。ならば今の内に、歪曲されていない真相を伝えておくべきだ。例え一部だけであっても》
《…………》
《ここで言わずとも、いずれ折を見て聖威師の誰かが説明していたかもしれない。それでも、今がちょうど良い機会だから私から言う。焔神様は自分では話さないだろう》
嵐神の言葉に、フレイムは押し黙る。きっと一理ある意見なのだろう。
《さて、続きだ。焔神様は八つ当たりのはけ口としてちょうど良かった。最高位の神から生まれた存在だが最下位の精霊でしかなく、神々から同胞と扱われることもない。とても弱く不安定な立場で、虐め放題だったから》
だが、フレイムはいくら失敗させられても何度でもやり直し、幾度となく嘲笑や罵声を浴びてもじっと耐え、真面目に誠実に務めをこなし続けていたという。
《やがて焔神様は火神様に認められ、神使となって神格を得た。その途端、虐めを行っていた精霊たちは綺麗に手のひらを返して平謝りした。先代の大精霊も慌てて、不当な行いをしていたのは配下の精霊だと下に責任を押し付けた》
フレイムが単なる火神の神使であったならば、四大高位神全ての神使である大精霊の方が上位となる。しかしフレイムは、火神から分かれ出た存在であることから、その御子としても半ば認められた。完全な神ではないとはいえ、神格を得た以上、広義では火神の子にカウントされる、と。それにより、大精霊を凌駕する立場に躍り出た。これはマズイと思った先代は、態度を翻してフレイムに擦り寄るようになったそうだ。
フレイムを見ると、苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らしている。だが、嵐神の言葉自体を否定はしないので、事実なのだろう。
《大精霊に選ばれるほどの御方がそんなことを?》
何でそんな奴が大精霊などやっていたのか。神使の振り分けは四大高位神が行うのだから、明らかに不適格な采配はされないはずではないのか。婉曲にそう伝えたアマーリエだが、返事は否だった。
《大精霊を選ぶのは、神々ではなく精霊たち自身だ。精霊たちの中で、駆け引きや裏取引、派閥抗争などが行われることもある》
四大高位神が振り分けるのは、地上から昇天して来た霊威師が対象なのだそうだ。天界で生まれた純粋な精霊の場合はまた別であり、大精霊に関しては上位精霊たちの推薦や互選などで決まるらしく、神々は基本的に口を出さないのだという。
《それよりさらに後、焔神様はついに火神様の寵を受けて愛し子になり、新たな神格を得ると、選ばれし神として顕現した》
箔付けの神格ではなく、正真正銘の本物の神格だ。これによりフレイムは完全な神となり、火神の正式な御子となり、神々の愛すべき身内となり、不動の立場を手に入れた。しかも寵を与えた主神が火神であり、フレイムは彼の神の分け身であったことから、選ばれし神となった。
《焔神様を虐めていた精霊たちは、我先に時季外れの異動を申請し、別の神のところに逃げ出そうとした。だが、今までの行いが明るみに出たばかりか、使役の身分を逸脱した強引な配置換えを要請したことから火神様の不興を買い、相応の神々の元に飛ばされた》
《相応というのは……?》
《使役にとても厳しく接したり、消耗品扱いする傾向が顕著な神々だ。その精霊たちは、今は散々な日々を送って泣いていると聞く》
フレイムを虐めたりせず、普通に接していればそれだけで良かったのに。
《そして当時の大精霊は、神格を剥奪されて下級精霊に降格させられ、下働きに従事している》
神格を剥奪された者の末路は悲惨だ。箔付けであっても神性を得た時点で、神々への同胞愛が芽生える。それは神格を喪っても残り続けるのだという。一方、真正の神の方は微塵の容赦もなく、神格を失くした者への情を捨てる。かけがえのない身内として認識した存在から、一切愛されなくなる絶望と喪失感を抱えたまま、永劫の時を在らねばならない。それは耐え難い地獄であるそうだ。
《だからフレイムは困った顔をしていたのですね》
かつての因縁の相手が目の前にいる。向こうが勝手に虐めて勝手に転落していったのであり、フレイムは被害者とはいえ……彼の性格を考えれば、いたたまれない気分になっているだろう。
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