16.夫の様子が変です
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《従って、我らに仕える上位使役もまた、通常時は神格を出さぬよう抑えている。自分は神性を得た、最高神の神使と同じなのだ、と有頂天になることはご法度だ。その分別が付けられる者でなくば、選ばれし神の使役になることはできない》
嵐神の凛とした口調は、アシュトンとよく似ていた。フロースいわく、愛し子を得るまでは、今より遥かに刺々しい御稜威を纏っていたらしい。同胞には情が深い神であるが、少しだけ怖かったそうだ。それが愛し子を持った瞬間、見事に棘が抜けたという。
《嵐神様、ご説明いただきありがとうございます》
《分からないことがあれば何でも聞いてくれ》
張りのある声が少し優しくなった。そして嵐の神は、眼前に控える精霊を泰然と見下ろす。
「それで、懇親会とやらには我が神使に内定した者もいるのだな」
『はい。此度嵐神様に見出していただいた使役は、神性を賜っておりませんので。通常の使役と共に研修や交流をさせております』
選ばれし神の使役で神格を賜ることができるのは、一部の上位神使のみ。今回の神使選定で選ばれた者たちは、当然最下位の使役から始めるため、神性は授かっていない。その点では通常の使役と同様だ。
「ならば私も顔を出そう。いずれ我が側に侍る者たちの様子を確認しておくのも悪くはない。聖威師からは我が愛し子ローナと同胞アマーリエが参列するため、アマーリエの主神たる焔神様もご臨席下さる」
ローナとはアシュトンの秘め名だ。アシュトンが当主を務めるイステンド大公家では、生まれた娘は30歳を完全に超えるまで――すなわち31歳になるまで男装する慣習がある。だが、アシュトンは既に31歳になったにも関わらず、男装を解いていない。長年この姿で通して来たので慣れてしまったのか、何か他の理由があるのかは分からないが。
『承知仕りました。神々のご臨席を心より歓迎申し上げます』
大精霊が優雅な所作で拝礼し、主任神官たちもそれに倣った。そして、この後の段取りを打ち合わせると断りを入れ、段下で手早く話し合いを始めた。
その隙にとフレイムが念話を送る。
《すまん、嵐神様。対応を任せ切りにしちまって。ありがとうな》
《そんなことは気にしなくて良い》
覇気のない声で入れられた詫びに、嵐神が軽く笑って言う。
《フレイム、さっきから気になっていたのだけれど、何だか元気がないわ。どうかしたの?》
(いえ、元気がないというより、雰囲気が硬いというか……何か困っている?)
首を傾げるアマーリエに、やはり常より強張った声が返る。
《いや、ほら。あれだ……俺は元々下働きの精霊だったろ。だから、ここにいる使役とはそれなりに顔見知りっつーか、まぁ、うん……》
(そうなのね。けれど、それでどうしてこんな困惑した雰囲気になるのかしら? 昔とは立場が開きすぎて気まずい、とか?)
疑問符を飛ばしていると、嵐神が教えてくれた。
《後ろで平伏している精霊たちがいるだろう。あの中に、前の大精霊がいるんだ》
《前の、ですか?》
《ああ。神格を剥奪され、降格させられた》
四大高位神の遣いが賜る神格は限定的な箔付けのもので、剥奪も有り得るのだという言葉が蘇った。
《降格させられるようなことをしてしまったのですか?》
《焔神様を虐めていたんだ》
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