9.夫を運び屋に使います
お読みいただきありがとうございます。
ロールがきゅるんと瞳をむけて来た。
「どこ行く? 我、護衛。一緒、行かなくて良い?」
「危険な場所ではありません。フルード様の部屋とリーリア様の部屋です。ラミルファ様とフロース様に、聖獣たちへ要請書を書いて下さったお礼を申し上げたいのです」
そこまで言ったアマーリエは、困ったように苦笑した。
「それから、今日は仕事を少なくしていただいているので、手が空いていて……何かやれることがないか聞きたくて」
幼少期より18歳まで、実家の雑用を一手に押し付けられ、夜中まで起きていることもざらにあった。そのため、こうして過保護にされることに未だ慣れない。手持ち無沙汰でいると、何となく申し訳なくなってしまうのだ。
「新しくいただいた仕事内容によっては、しばらくここには帰って来ないかもしれません。神官府の外に行く仕事が入れば、その時点で念話します。念話もなく、私が帰っても来なければ、神官府の中で何らかの業務に就いていると思っていただけますでしょうか」
アマーリエの言葉に、クラーラとロールが納得したように頷いた。
「できればランドルフ様にもお会いするか、フロース様にお願いするかして、ウェイブ様とも交信させていただきたく思っています。……ラモスとディモスも一緒に来てちょうだい。あなたたちも直接お礼を言うのよ」
『承知いたしました』
『もちろんです』
聖獣たちが即答するのを確認し、アマーリエはフレイムに視線を向けた。
「フレイム、火神様にお礼状を書くから、渡してもらえないかしら。本当は、火神様には真っ先にお礼を申し上げるべきだけれど、最高神と予約も無しに交信することは難しいから……取り急ぎ書面で謝意を伝えるわ」
選ばれし神を運び屋に使うのも大概だが、そこはフレイムの愛し子である立場に甘えさせてもらう。
「ん、分かった分かった。義娘からの手紙なんだから、きっと大喜びで受け取るだろうぜ」
「何度も天界とここを往復させてごめんなさい」
夫は昨日からずっと天地を行ったり来たりしている。元が雑用を請け負っていた精霊であり、フレイム自身も体を動かすのが好きなので、全く苦にはなっていないようだが……少し心苦しい。
「良いってことよ、気にすんな」
快く請け負ってくれる言葉を聞きながら、専用の引き出しに保管してある最高級の紙を取り出す。最高神へ奉る書簡なので、紙もインクも一級品を使う。
ラモスとディモスへ破格の厚遇をしてくれたことと、二頭をアマーリエ付きにしてくれたことへの礼を懇ろにしたため、ざっと内容を読み返す。
「これで大丈夫、よね?」
「おう、これで問題ないぜ」
フレイムのお墨付きをもらえたのでホッと息を吐くと、紙の上で手をかざす。熱風と共に波紋が広がり、紅葉色の花びらが紙全体にすき込まれた。偽造防止と、アマーリエからの書状であることの証明を兼ねた措置だ。
「お願い、フレイム」
今の熱風でインクも乾いた。書簡を丁寧に包み、フレイムに手渡す。
「んじゃ行って来る。すぐ戻るつもりだが……泡神様がまた宝玉だの妹だの言って来ても無視してくれよ」
渋面を作った夫は、しかし、すぐに表情を和らげた。
「ま、今回は言わないと思うが。要請書の件でユフィーが恩義を感じてて、しかも俺が不在の時、それに便乗して駆け引きをするようなセコイ神じゃねえ。念のためにお前のことは視てるが。万一ヤバくなりそうだったらすっ飛んで来るからな」
「分かっているわ」
ワインレッドの髪がそよぎ、長身がかき消える。
「さて、私たちも行きましょう」
「「行ってらっしゃ〜い」」
クラーラとロールが手を振って見送ってくれる。彼らに一礼したアマーリエは、聖獣たちを伴い、大神官補佐室を出た。
ありがとうございました。




