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87.ある職員の団欒

お読みいただきありがとうございます。

3章最終話です。

 ◆◆◆


「見て、もうこんな時間よ。はぁー、今日はついてないわ。お偉いさんからあんな複雑な問い合わせが来るなんて。しかも午前勤務終了の直前によ。手伝ってくれてありがとう、レイネ」

「良いのよ、カーサにはいつも助けてもらっているもの。やっとお昼が食べられるわね。もうお腹ぺこぺこよ」


 場所は変わり、帝城の政務区画にある都役所の本部にて。

 役所職員の衣を纏った若い女性二人が、疲れた顔で休憩室に入った。


「誰もいないわね」

「この時間だもの」


 ふぅと溜め息を吐いてテーブルに腰を下ろし、それぞれのランチを取り出す。食堂もあるが、二人は弁当派なので、いつも休憩室で食事をしている。


「本当に緊張しちゃったわよ、あんな上の立場の方と話したことなんかないもの」


 額に手を当てて愚痴るカーサに、ゆるくカールを巻いた髪を揺らしたレイネが微笑む。


「私はあるわよ。もっと偉い方。聖威師様と話したの」

「ああ、この前自慢してたわね。アマーリエ様とお話ししたって。わざわざご自身でここまで足を運ばれたんでしょう。部下に来させれば良いのに。役所の抜き打ち視察も兼ねていたのかもって、うちの上層部が戦々恐々としてたわよ」


 単に庶民根性が抜けていないだけである。


「何の御用でいらしたんだったかしら?」

「ご実家の家系図の写しを取りにいらっしゃったの。各家から提出されるものを、役所で書き写すでしょう」

「サード家に原本があるはずなのに……無理か。ご実家には帰りたくないでしょうね」


 アマーリエがサード家で受けていた扱いについては、既に周知の事実となっている。


 サンドウィッチを片手に神妙な顔をしたカーサが、ふと目線を上げた。


「そういえば――」

「どうしたの、カーサ?」

「サード家について、変な話を聞いたことがあるわ。まあ、嘘だとは思うけど」

「変な話って?」

「当代のダライさんには、異母兄姉がいるかもしれないんだって。先代の結婚相手は親に決められたんだけど、忘れられない初恋の人がいて、結婚前に一夜を過ごしたらしいのよ。その時にできちゃったんだって」


 ミートパイを咀嚼しながら聞いていたレイネが、驚いたように口元を抑える。


「ええ!? 誰がそんな話をしていたの?」

「数年前に亡くなったうちの祖父よ。サード家の先代と友人だったの」


 一瞬だけ休憩室内に目を走らせ、自分たち以外はいないことを再確認したカーサが、やや声を潜めて続ける。


「祖父が言うには、先代と二人で飲みに行った時、絶対に内緒にしてくれと言われて打ち明けられたんだって。誰かに話さないと気がおかしくなりそうだからって。先代は子どもに名前を付けて、認知もしようとしたけど、初恋の相手が遠慮して子どもごと姿を眩ませちゃったらしいの」

「サード家の先代は神官だったのよね。神官の霊威でも見付けられなかったの?」

「初恋の相手が神のお力を借りたそうなのよ。色持ちの神威で自分の痕跡を抹消したらしいわ」


 レイネが目を見開いた。もはや、手に持ったパイの存在は忘れかけている。


「い、色持ち!? 高位神じゃない。どうやってそんな存在のお力をお借りできたのかしら。初恋相手も神官だったとか?」

「そこまでは分からないけど……神威で隠蔽されたせいで追跡もできなくて、生存確認すら不可能になってね。先代は随分と気落ちしていたらしいわ。でも諦め切れなくて、サード邸にある家系図に、こっそり初恋相手と子どものことを書き加えて、メモも付けたらしいの」

「サード邸にある家系図って、まさか原本? それはまずいわよ、家に受け継いでいくものなのに」

「さすがに原本に書いたわけじゃないみたいよ。書き込み用に複製していたものに付け足したみたい。もちろん、役所の写しに反映させてくれとも言えなかったそうよ」


 どこにいるかも生きているかも分からない、出生した証明すらできない子どもだ。役所には報告できなかっただろう。


「じゃあ、その子がさらに子どもを授かっていたら、アマーリエ様にとってはイトコになるのね。この話、カーサはお祖父さんから聞いたの?」

「そうよ。サード家が貴族籍を手放した時、残念がった祖父がたくさんお酒を飲んだのよ。それで酔っ払って、ペラペラと。消えてしまった子どもがダライさんの代わりに跡を継いでいれば、何かが変わってたかもしれないのにって言いながらね」

「それ、誰かに話した?」


 レイネの問いに、カーサはサンドウィッチを持っていない方の手をヒラヒラと振る。


「まさか! だってどう聞いても眉唾物じゃない。初恋相手を孕ませた云々はともかく、高位神のお力を使って行方を眩ませたなんて、空想小説の域よ」

「そ、そうよね。きっとカーサのお祖父様、酔っ払って架空のストーリーを作り上げたのよ」

「私もそう思ってるわ。ごめんね、変な話しちゃって。今のは忘れて――って、いけない。話している内に時間が過ぎちゃった」

「本当、早く食べなきゃ」


 時計を見たレイネとカーサは、慌てて昼食を口に運ぶ。そして次に口を開いた時、話題はファッションのことに移っていた。



 ――ザァッと風が吹く。どこからか飛んで来た金木犀の花びらが、一枚ヒラリと宙を舞った。

ありがとうございました。

明日から第4章を投稿開始します。

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