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85.暴神の寝床

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「今日はビックリしたわ」


 皆が帰って静かになった邸の自室で、ベッドに腰掛けたアマーリエは年寄り臭く肩を揉んだ。半休を取っていたらしいフルードは職務に復帰し、ラミルファもくっ付いていった。フレイムは再び天界に一時帰還中だ。

 葬邪神はアリステルの様子を見に行き、疫神も聖威師に挨拶回りをすると言って出て行った。終わり次第、葬邪神と合流するそうだ。


(フルード様ったら、最後の最後で爆弾を投下していったし……)


 帰り際。青年のような少年のような少女のような大神官は、その不思議な美貌に憂いを乗せ、こうのたまった。



 ――そういえば、滞留書に署名するための専用ペンですが、遠からずインクが切れそうなのですよ。そうなれば更新は不能になり、聖威師は強制昇天です



 あのペンにはまっていた五色の宝石は、原初の地水火風禍の最高神が神威を込めて創り出したもので、それを少しずつ消費してインクに転じるのだという。従って、神威が少なくなれば、最高神に力を補給してもらわなくてはならない。


 とはいえ、最高格の神々の力がたった数百年で尽きることはなく、神威の充填はおよそ千年に一度ほどで事足りる。聖威師の数が少ない時期が続けば消費も抑えられるため、もっと保つこともあるそうだ。


 そして現在、神威の充填時期が来ているらしい。だが、禍神は補給に難色を示し、中々応じてくれないという。彼の神は、水神以上に聖威師の帰還に賛成している穏健派なのだ。

 前回は、時の聖威師や葬邪神、尊重派の神々が必死で頼み込み、どうにか補給に応じてもらった。このペンに関しては、宝石の創り手である原禍神の神威を注がなければなければならないため、葬邪神やラミルファが真の神格を出して禍神となっても補充できないのだ。



 ――四大高位神は10年ほど前、充填に応じて下さいました。渋々ながら、という方も一部おられましたが。しかし、禍神様はやはり返答が芳しくありません。奇跡の聖威師であるアリステルが請願を重ね、どうにか最低限のコンタクトは維持していますが、このままではあと百年もせず神威が切れてしまいます



 残る猶予は百年ほど。現在は聖威師が多いため、御稜威の消費量も多い。このままいけば、早くてアマーリエの次の代か、遅くとも次の次の代にはリミットを迎える。



 ――私の代か、あるいはアマーリエやランドルフの代でどうにか補給に応じていただきたいものです。後代に負担を残したくありませんから



 そう告げたフルードは、胃が痛いと言った顔をしていた。前途多難である。


「……今ここで悩んでも仕方がないわね」


 去り際にぶっ込まれた案件を思い出し、遠い目になっていたアマーリエは、気持ちを切り替えるように頭を振った。


(他の聖威師と協力しながらどうにかするしかないわ。そのためにも早く元気にならなくては)

「少し体が鈍っているかしら。明日から復帰するのだし、これ以上は横にならない方が良いかも」


 ひとりごちながら腰を上げ、ポンと手を打つ。


「あっ、そうだわ」

(時間もあることだし、これを読みましょう)


 椅子にかけると、デスクに置いてあったファイルを取り、中の用紙を引き出して眺める。黒いインクで書き込まれているのは、家系図だ。家名の欄にはサードの名が記入されている。


「ラミルファ様がうちにある家系図をしっかり調べろというから、役所から写しを取り寄せておいたけれど。……特におかしなところはないわよね」


 自分が知っている内容がそのまま書かれている。


「サード邸にある家系図と同じだわ。……よく見てみれば、レシスの末裔であることを示唆する情報でも載っているのかしら? もしかして、そのヒントだったのかもしれないわね」


 疫神の騒動が起こったため、なし崩しに葬邪神が守護に付き、その流れで神罰の説明もなされた。

 だが、例え騒動が起こっていなくとも、近くラミルファが適当な守護神を選定して自分に付け、同じ説明をしてくれていたはずだ。アマーリエの内にある神罰が爆発寸前なのであれば、なおさら。


「予習しておけと仰っていたし……事態が早く動いて、家系図の確認をするより前に神罰のことを知ってしまったのかも?」


 ラミルファが思い描いていた順序とは逆転してしまったのかもしれない。


「だとしたら、もう概要は知ったことだし、確認は不要かしら」


 それでも一応、と、家系図を丹念に読み込んでみるも、やはりおかしなところは見当たらない。親から子へ継承されて来た血の系譜が、ツラーッと縦一直線に並んでいる。


(……さ、左右の余白が多いわね)


 歴代当主の大半が一人っ子なので、枝分かれして兄弟姉妹や従兄弟姉妹に繋がる横線がほとんどないのだ。用紙のど真ん中に、一子相伝のごとく名前が流れている。


「――うん、やっぱりおかしいところはないわ」


 これで終わり、と用紙をファイルに戻した時、背後で甲高い声が笑った。


「もう終わり? 早い、早い。早すぎ」

「きゃあ!?」


 飛び上がって振り向くと、大きな目をクリクリさせた幼児が、いつの間にかにこにこ顔でベッドに座っていた。


「疫神様、い、いつからいらしたのですか!?」

「ちょっと前。雛たち、挨拶した。アレクのとこ、行こう思たけど、その前にここ来た。我、アマーリエ守る。様子、こまめに確認、必要」

「はぁ……」

「人間のベッド、硬い。体、痛くなるない?」

「いいえ、大丈夫です」


 聖威師が使うベッドなので、地上では一級品なのだが。ラミルファも、最高級の毛布を粗悪品と言っていた。神々がお休みになる寝台は、どれだけ寝心地が良いのだろうか。


「我の領域、毒虫ベッド、ある。生きてる毒虫いる、その口の中、入って寝る。毒虫、超巨大サイズ。口の中、大人もすっぽり。寝心地、最高。今度持って来てやる」

「結構です!」

「遠慮するない。毒虫、瘴気の唾液出す。それに全身浸かって寝る、超気持ち良い。快適、快眠。我、アマーリエの守護神、なってたら、毎日そのベッド、貸してあげてた」

「無理です、無理っ!」


 想像するだけで地獄の環境だが、目の前の神は真剣だ。本気で、真面目に、純粋に、心からの善意で毒虫のベッドを勧めている。


「私たちはそういうベッドを使わないのです。ぜ、絶対に嫌です!」

「……そう。じゃあ、やめる」

ありがとうございました。

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