79.荒神は器用
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「葬邪神様なら大丈夫だぜ、ユフィー。相手の心や気持ちを無下にしない。守護神の立場を笠に着たりもしない。お前が困ってたらすぐに見抜いて、自分の態度を修正してくれる。悪神だが絶対安心な神だ」
フレイムがそこまで言うなら、きっと心配ないのだろう。アリステルも大きく頷いている。
「鬼神様も、葬邪神様が根気強く説明して下さったおかげで、私の前ではこちらの基準に合わせて下さるようになった。私もなるべく悪神の好みに合わせられるよう努力している。互いに歩み寄りが必要なんだ」
「アマーリエがレシスの血統だと知った時はどうなることかと思いました。ですが、もう葬邪神様が守護に付いて下さいましたから、神罰が大爆発しても怖くありませんね」
フルードが心底からホッとした顔で胸を撫で下ろした。だが、すぐに表情を改める。
「アマーリエ、以上がお話ししたかった内容です。質問はありますか?」
「ええと……今はちょっと情報過多で整理するのに精一杯で……聞きたいことが出て来た時に、つど質問しても良いですか?」
「分かりました。それが良いでしょう」
その言葉を皮切りに、場の空気が少し落ち着いた。フレイムがん〜っと伸びをする。
「よし、話もひと段落したし、ちょっとだけ天界に戻るかぁ〜。ラモスとディモスの様子を見たいしな」
「私もあの子たちのことが気になっているの。中々戻って来ないから。眠り神たちの覚醒で、天界も大騒ぎだったでしょう。あの子たちは大丈夫だったのかしら」
「俺の方でも確認したが、怪我一つしてねえよ。ただ、こっちに戻るにはもうちょっとかかるかもな」
「結局あの子たちはどうして天界に呼ばれたの?」
「理由はアイツらが戻って来たら直接聞けば良い。きっと驚くぜ。俺もびっくりした。まぁめでたい理由だから心配すんな」
聞いてからのお楽しみ、と嘯くフレイムに、切迫感はない。本当に何か良いことがあったようだ。
「んじゃ行って来る。神使昇格の査定は中断してるし、すぐ戻れると思うぜ」
「ええ、行ってらっしゃい。ラモスとディモスによろしく」
ほーいと片手を振り、長身痩躯がかき消える。フルードとアリステルが礼をして見送った。
「では、優秀な従者の僕が茶でも淹れてあげよう。ずっと話していたから喉が渇いただろう。邪神特製の菓子や軽食も作ってあるよ」
「お心遣いは大変嬉しいのですが、私は仕事が入っておりまして……後少ししましたらお暇いたします」
アリステルが控えめに頭を下げた。
「昨日より、悪神の神器が不調という報が入っている地方があり、この後確認に行こうと思っているのです」
「ダルケン地方ですね。私の方にも連絡が来ています。よろしくお願いします」
「ああ」
大神官の顔付きになったレシスの兄弟が頷き合う。
「ではヴェーゼの分は包んであげよう。少し待っているが良い」
ヘラリと笑ったラミルファが、併設されているキッチンへ入っていく。アマーリエはこっそりフルードとアリステルに耳打ちした。
「ラミルファ様も料理が上手いのですよね?」
「ええ。焔神様とはまた系統が違いますが、美味度としては同じくらいかと」
「葬邪神様もお上手だ。生来の荒神は皆そうらしい。おしなべて手先が器用で、料理、手芸、工芸、絵画など細かい作業に秀でているそうだ」
「紅日皇后様も同じことを仰せでした。……もしかして、疫神様も料理がお上手なのでしょうか?」
何の気なしに聞くと、レシスの兄弟は一瞬黙り込んだ。
「作ろうと思えば作れる気がします。何となくですが」
「だが、悪神基準の献立と味付けになるかもしれない」
「そ、そうですよね」
変なことを聞いてしまったと反省しながら、アマーリエは話題を変える。
「そういえば、天界で開かれるかもしれないと言われていた神会議は、延期になる気配が濃厚とのことです。フロース様経由で、水神様がこっそり教えてくれました」
滞留書を無効化するために策を巡らせていたのは、葬邪神や狼神だけでなく水神もだ。フロースも一部とはいえ協力していた。それによりアマーリエに負担をかけた詫びとして、葬邪神は守護を引き受け、狼神は疫神を止めに参戦した。
ならば自分たちも何か詫びが必要だろうと、水神とフロースは天界の最新情報をこまめに流してくれることにしたらしい。まだ内々で留めているシークレット情報も、一部だけだが特別に教えてくれるそうだ。
「眠り神たちの一部がまだ覚醒されていないから、というのが理由だそうです」
フルードが顎に手を当てて頷いた。
「なるほど。未だ眠っておられる神々の中には、遊運命神様や最初の奇跡の聖威師となった娘をはじめ、色持ちの高位神が――会議での表決権を持つ方々も含まれていますからね」
それが良かったのか悪かったのかは、今はまだ分からない。アマーリエたちも色持ちの神だ。会議に参加するため、天に還れと言われる恐れが減った点では良かったと言えるだろうが。
と、埒もないことをつらつらと考えるアマーリエは、フルードたちより先に見舞いに来てくれた泡の神と話したことを思い出していた。
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