78.優しい葬邪神
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「悪神は嗜好や基準が人間と大きく違う。私も鬼神様から寵を受けた直後は、先方の純粋なる思いやりと親切で酷い目に遭わされかけた」
アリステルが告げる。気のせいか、元から白い面がさらに青白くなっている。
「汚泥の中に埋まる腐った木の根でも掘り返して食べていた私でさえ、これは絶対に口にできないと思うモノが所狭しと並べられ、満面の笑顔の鬼神様がさぁたくさんお食べと……向こうは完全な慈善心一色なんだ。ただ、悪神だから私とは感性が全く違うだけで」
(一体何が出たのかしら。生ゴミとか排泄物とか吐瀉物とか……いえ、掘り下げないでおきましょう。もっと酷いモノだったら聞くだけで無理だわ)
怖くて聞けないアマーリエである。
「本気でもう駄目だと思った時、ちょうど居合わせていた葬邪神様がお助け下さった」
そう続けたアリステルは、茫洋とした眼差しで宙を見つめた。
――こら、アイ! 何をしとるんだお前は! この子は人間だったんだろう、なら人間の食いもんを出してやらんか! ……あんなゲテモノ料理を出したら私の愛し子が可哀想? 違うだろ、俺たちにとってのゲテモノがこの子にとってはマトモなんだ。この子に食べさせるならこの子の舌に合わせるべきだろう!
――よしよし、新たな我が同胞よ。そんなにガチガチにならんで良いぞ。俺が人間の食事を作ってやるからな。作ったことはないが、まぁ神だし何とかなるだろ
――どうしてずっと震えているんだ。そうか、俺がこんな形だから緊張しているんだな。では人間の姿に変化してみよう。これならどうだ。おっ、顔を上げてくれてありがとう。お前の名は何という? ……アリステル・ヴェーゼか。うん、良い名だ
――だから、それも違うだろアイ! あーこれは……アイに任せていたら色々と大変そうだ。アリステル、お前の世話は俺がする。心配するな、ちゃんとお前の基準に合わせた内容にしてやるから。良かったらお前の話も聞かせてくれたら欲しいなぁ
――そうか、お前はずっと弟分を守って来たのか。良いお兄ちゃんだ。うん、お前は強い。偉い。立派だ。頑張った……本当に良く頑張ったな。親の分までお前が――ん? どうした、何故泣くんだ。俺は何か変なことを言ってしまったかな?
――あんな奴ら親じゃない、人の皮をかぶった化け物? 自分に親はいない、ずっとお父さんが欲しかった、俺に父親になって欲しい? ……うん、よし分かった。俺がお前の父親になろう
――父子の契りを結んだから、これで俺とお前は正式に親子だ。……今日から父上とお呼び、ヴェーゼ
「アリステル様?」
一点を見たまま黙ってしまったアリステルに、アマーリエはそっと呼びかける。暗い海底の碧眼がハッと焦点を結んだ。
「……すまない。少し昔を思い出していた。――ともかく、悪神は思考自体が人間と違う。そして、聖威師は天の神に逆らえない。原則は、聖威師が神に合わせなければならない。守護神でもそうだ。どうしても難しいならば、自発的にこちらに合わせてくれる悪神を探す必要がある」
一度言葉を切ったタイミングで、フルードも同意した。
「天の神に対し、神格を抑えた聖威師の分際で、こちらの基準に合わせた言動をして下さいなどと言うことはできません。お守りいただいているのならなおさら。かといって、こちらの心を尊重して動いて下さる悪神は少ないでしょう」
「俺がパッと思い付くのは、ラミルファと葬邪神様くらいだな。後はまぁまぁな奴が何柱かはいるが……」
「僕も悩んだとも。候補はいるが、高位の悪神ではないから、変質して大爆発寸前の神罰を抑え切れるかどうか。それに、悪神たちの方も僕の大切な身内だ。むろんアマーリエのことも大事だが、そちらに合わせることばかりを要求すれば、今度は悪神側に負担がかかる」
どちらも大切な同胞だから難しいのだよ、と苦笑いするラミルファに、アマーリエはすぐさま声を上げた。
「神官が神に負担をかけるなど駄目です! 私のせいで神様に迷惑をかけることはできません、どうか私のことは気になさらないで下さい」
フレイムとフルードが優しい顔でアマーリエを見た。ラミルファとアリステルは、優しさの中に呆れも織り交ぜている。
「はは、ユフィーらしいぜ。……つっても、こうして呑気に笑えてんのは、葬邪神様が守護神になって万事解決したからなんだが」
「やれやれ、君はそう言うと思った。そういうところだ、アマーリエ。……だから僕が守ってやらなければならないんだ、全く。――まあそれは良い。そこで一の兄上にお願いしたのだよ。自ずと聖威師を尊重する神で、変質した神罰も抑えられ、誰の守護神にもなっていない神は一の兄上だけだ」
「俺も同じ考えだったが、葬邪神様はさすがに高望みだとも思ってた。……礼を言う」
「謝辞など不要。アマーリエのためだ。それに、セインに修行を付けてくれた件では、僕の方が君に世話になった」
常であれば『存分に褒めるが良い』と胸を張りそうな邪神は、あっさりとフレイムの謝辞を受け流した。
ありがとうございました。




