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76.悪神の守護が必要

お読みいただきありがとうございます。

「あの……フルード様とアリステル様の置かれていた環境って……」

「私は治癒霊具と酸素霊具を幾つも装着され、死ねない状態にされた上で、骨も溶かす高濃度の硫酸で満たした桶の中に沈められ、何日も閉じ込められ続けた。死んだ方がマシだったが、私が死ねば次はシスが同じ目に遭わされるから、それだけはさせまいと必死だった」

「私もガルーンに治癒霊具を付けられて麻酔無しに腹をかっ捌かれ、鋭い歯と猛毒を持つスリゴケ蜘蛛を大量に腹の中に詰め込まれた状態で縫い合わされました。あの蜘蛛、生命力が尋常ではないのですよ。身の内から臓腑を食い破られて、ああここが地獄なんだと思いました」


 レシス兄弟が淡々と語る内容が恐ろしい。アリステルが以前、人形芝居で見せてくれた過去は、まだオブラートに包んだ内容にしてあったのだ。おそらく、土壇場でアマーリエが居合わせたので、初対面でショックを与えないよう内容を大幅にマイルドなものに変えた。


「内臓といえば、私も治癒霊具装着で臓物を引きずり出され、腹からベロンと地面にはみ出たモノを端から猛獣に食わされた。まだ神経が繋がっていたからな、あれは痛みで死んだと思った」

「神経ですか。よくありますよね、全身の皮を剥がされて神経を露出させられた所で猛毒を擦り込まれたり、酸の中に落とされたり、火炙りにされる拷問。でも、昔の私はそんなの日常茶飯事でした」

「ああ、それに霊具の人体実験もされた。頭蓋と眼球を――」


 アリステルの言葉が止まる。心の底から青ざめているアマーリエに気付いたのだ。フルードもハッと台詞を中断させた。


「驚かせてしまって申し訳ありません、アマーリエ。これでもマシな内容を選んで話したつもりだったのですが……もっと酷い目に遭わされていましたし」

「今話したのはほんの入口部分だ。だが、その様子ではここから先は聞かない方が良い。お前にはきっと耐えられない」


 それでも精神を壊すことなく、理性と感情を保っていたフルードとアリステルの魂は普通ではない。異常にして異様であり異質。だが、通常とはかけ離れていたからこそ、市井人でありながら高位神の心すら鷲掴みにした。


「あの――アリステル様が育った家は貧しかったのですよね? よく何個も霊具を調達できましたね。高濃度の硫酸だとか内臓露出だとか、そこまでの状況から装着者の生命を守れる霊具なら、かなりの等級のはず。それなりの値段がすると思うのですけれど」


 ガルーンの方はまだ分かる。下位とはいえ貴族なので金はあっただろうし、何より彼自身が神官――つまり霊具を作製する側の人間だった。

 神官は霊具を無償あるいはかなりの割安で購入することができる。修練として作った霊具を自分の物にすることも認められており、練習用の材料は無償か格安で提供される。霊具作製に関わる部署に配属されれば、詳細な知識の習得や試作品の入手、廃材の調達なども可能だ。


 だが、アリステルの育ての親は一般人。そのような資金も伝手もなかったはずだ。


「私の育ての親は、霊具を作れる霊具という物を持っていた。もちろん、全等級の霊具が無限に作れるわけではなく、作製可能なレベルや一回で作れる個数、作製頻度などに制限はあったが、ある程度の等級の物までは自作できた」

「な……そんな霊具、特別な認可を得た専門職か業者でなければ持てないはずでは?」

「その業者が不注意で落とした物を、若い頃のあいつらが拾ったんだ。業者側は責任問題になることを恐れ、事故で跡形もなく粉砕してしまったと神官府に報告書を出していた」


 聖威師になってから、鬼神や葬邪神の助けも借りながら過去視をして分かったことだ、とアリステルは言う。


「あいつらは仕様書や説明がなくとも、何となくいじっている内に使い方を習得したそうだ」

「そんなこと有り得るんですか!? 滅多にない特殊な霊具を持っている人が、たまたまそれを落として、辺鄙な片田舎に住む虐待親がたまたま拾って、使い方もマスターしたということですよね」

「有り得る」


 そんな偶然が重なることなど考えにくいと思ったアマーリエだが、フレイムが断言した。


「アリステルを捕らえてたのは運命神の神罰だぜ。人間の常識や理屈や法則なんか全部吹っ飛ばして、あらゆる超常現象を起こしてでも対象を不幸のドン底に叩き落とす。そうなるよう、強制的に運命が……未来が整えられるんだ」


 頷いたアリステルが補足する。


「あいつらはその霊具を利用して一儲けしようとしたこともあったらしいが、上手くいかず断念したらしい」


『霊具を作製する霊具』によって生み出された霊具は、神官が正規の手順で作った物ではないため、神官府の刻印や製造番号が入れられていない。ゆえに、一般的な店に転売することはできない。


 アリステルの育ての親たちは、かつては裏ルートを通じて自作の霊具を売ろうとした。だが、彼らは残虐な性格をしているとはいえ、立場としては一般人。裏社会にツテも縁故もない素人だったため、悪質な闇業者に騙されて酷い目に遭いかけた。危うく霊具を作製できる霊具そのものを取られかけたそうだ。

 それで懲りたため、売り飛ばすことは諦め、拷問用と治癒用の霊具を作ってはアリステルとサーシャに使うことに専念していたという。


(せっかく霊具が作れるんだから、もっと違う用途の物を作製しなさいよ。生活に役立つ霊具とか、衣食住を補う霊具とか、幾らでもあるでしょう……!)


 内心でツッコむアマーリエだが、あの目茶苦茶な夫婦は、そんな常識的な思考など持っていなかったらしい。まさに生粋の拷問人か処刑人だ。フルードが小首を傾げて追随した。


「そう言えば、僕の実親も奇跡的な偶然で霊具を手に入れていましたね。昔、山奥で行き倒れていた妖鬼を助けたことで、礼としてもらったらしい特別な霊具です。人間などの玩具を死なせないよう弄ぶ時に使う物で、拷問機能と治癒能力を兼ね備えた超絶に高性能な代物でした。僕はそれを使って虐待されることも多かったです」


 地下世界で製造された妖鬼用の霊具であるため、人間の神官には見付からないようにと念押しされてもらったらしく、フルードの両親がその霊具を人前で見せびらかすことはなかったそうだ。フルードに対してだけこっそり使用していたらしい。どんな都合の良いシチュエーションが起こればそうなるのか問い詰めたいが、それも神罰の力なのだろう。


「ここまでだ。そなたらは既に幸せを掴んだ身。楽しいことだけを考えよ」


 ラミルファが常よりも抑えた声で言う。レシスの兄弟が瞬きした。無意識の内に浸りかかっていた悪夢から、サッと引き戻されたかのごとく。空気を変えるように、フレイムが話題を戻す。


「だな。話を戻すぜ。……んでまあ、ユフィーも神罰に選ばれてることを知った俺たちは、ガチで焦ったわけだ。このままじゃユフィーもそういう状況になりかねねえからな」

「神罰が爆発するまでは今少し猶予があったから、あの場ですぐにどうこうしなければならないという話ではなかったがね」


 口調を戻したラミルファが後を引き継ぐ。


「だが、早急に対処しなければならないことは確かだ。どうにかアマーリエを守ってくれる悪神を探さなくてはならなかった」

「と、そんな事態になってることを、俺たちはあの時に察して、大慌てて調べたり動いたりしてたわけだ。オーブリーとガルーンの件もあるから、ユフィーとセインの精神状態だって心配だったしな。……だから、完全にそっちに意識を釘付けにされて、セインの滞留書からは目を逸らされてた」


 やられたな、とフレイムが苦笑いする。ラミルファもだ。


「一の兄上や狼神様たちが、いつから何をどこまで分かっていたかは定かではない。だが、アマーリエの内にある神罰については、僕たちより先に概要を掴んでいただろう。変質していることも、どういう風に変質しているかも、いつ起爆するかも。そのタイミングも読みながら動いたのだね」


 邪神兄弟でそれぞれ調べまくっていたのだろうか。ちょうどアマーリエの中で爆発すると分かると、フルードとラミルファの目眩しとしてそれをも利用した。


「使えるモンは何でも使うってことだな。ラミルファ、お前が事前に葬邪神様に相談してたわけじゃねえんだろ?」

「違う。下手に相談すれば、同胞を案じた兄上は尊重派から強硬派に変わるかもしれないと思い、アマーリエの内に神罰があることは言っていなかった。向こうも向こうで色々と調べ上げ、利用できそうなネタを握っていたのだろう」


 きっと僕が世話を焼いて守護神を斡旋し、アマーリエを助けようとすることも分かっていたのだよ、と邪神は肩を竦めた。良いように踊らされていた悔しさは、微塵も感じられない。心から愉快そうな眼差し。退屈な能書きでなければ、自分が利用されても気にしないのだ。むしろ脚本に合わせてノリノリでダンスを始めるだろう。


「だが、僕が守護を依頼することまではさすがに読み切れなかったようだがね。アマーリエのためだから、最後にちょっとだけ兄上たちの敷いたレールを外れて暴れてみたよ。美味しい鴨鍋(かもなべ)になってくれてありがとう、兄上」

ありがとうございました。

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