74.神々も焦っていた
お読みいただきありがとうございます。
「この神罰は、対象をとにかく執拗に不幸と絶望の深淵に突き落とそうとするのだよ。それを知ったセインが心配したのは、いずれ生まれるであろう自分の子や孫のことだった」
アリステルは心配ない。伴侶が鬼神だからだ。両親もしくは片親が神格を抑えていない場合、子は生粋の神として顕現する。つまり、アリステルの子は生え抜きの神なので、自身の神性で神罰を打ち消せる。だが、フルードは違う。
「セインはアシュトンと結ばれた。両親が共に擬人化している聖威師の場合、子は人間として生まれる。人間は神罰を打ち消せない。つまり、呪いの因子が子孫まで続いていく。何とかできないものかと懇願され、僕たちは調べまくって打開策を探った」
「み、見付かったのですか、その打開策は?」
「ああ。レシスの血を継ぐ子がこの世に生まれる前……胎児の段階であれば、神罰が消せることが分かったのだよ。まだ完全に一人の人間として完成していない胎児の時であれば、神罰が根付き切っていないようでね」
「そこで、アシュトンの懐妊が分かった時点で、腹にいる胎児から神罰の因子を徹底的に焼却した。ランドルフとルルアージュは、その方法で神罰から逃れたわけだな。それぞれ、12年前と11年前のことだ。あの子たちの子孫ももう大丈夫だ」
アシュトンと結ばれイステンド家に婿入りしたフルードは、特例で夫婦別姓を取ることにした。高位神の怒りと罰を刻まれた、呪われたレシスの血筋。その申し子は自分で最後だと身をもって示すため、我が子たちには法定通り婚家の姓を名乗らせ、自分だけは生家の姓を使い続けた。自分と我が子を姓で分断し、『レシス』は自分以降の子孫には続かないと宣言したのだ。
「それなら良かったわ」
アマーリエは心から告げた。ランドルフとルルアージュとは親しくしている。あの子たちやその子孫に、神罰が刻まれ続けていくのは耐えられなかった。
「ちなみに、ルルアージュが男装していないのは、その時に魂から何から根こそぎ焼き清められたからだよ。選ばれし神の渾身の炎に浄化されたから、あの子に関しては早世することはない」
末の邪神の言葉に、フルードの長女が脳裏に浮かぶ。確かに彼女は装いも喋り方も女性のそれだ。だが本来、イステンド家の娘は30歳を完全に越えるまで男装する慣わしがある。かつて娘ばかりが早世した時期があったかららしい。詳しい事情は聞いていないが、聖威師の血筋にそんな真似ができるくらいなので、何らかの形で神が関わっていたのだろう。しかし、神炎の清めを受けたルルアージュは大丈夫なようだ。
「まぁイステンドの事情は今の話には関係ないから置いておくとして。レシスの神罰の件は、これにてめでたしめでたし……のはずだったのだよ。アマーリエ、9年前に君たちが僕の前に現れるまでは」
ラミルファが灰緑の眼を細めて続ける。場の空気が一気に緊迫した。
「いや、こう言うと、初対面時から分かっていたように聞こえてしまうな。あの時点では僕も察していなかった」
邪神はすぐに訂正し、続きを話し始めた。
「9年前、僕は初めて君と見えた。たかが属国の一私邸で行われた勧請ごときに、この僕が何故か降りてやろうという気になったのだが……自覚がないところで引き寄せられたのだと思う。最初に奇跡の聖威師となった娘、その血を引く者の喚び声に」
初めて奇跡の聖威師になった娘は、当然だが悪神と縁が深い。当時を回想するように目を眇め、邪神は静かに言葉を紡ぐ。
「ただ、無意識の範疇でだ。先ほども言ったが、あの時は気付かなかったよ。ただ、何となく気まぐれに降臨したら、えらい目に遭ったと思ったくらいだ。何しろ君の気が悪神の価値基準とは決定的に合わなすぎたから」
「……そうですか」
きっっっっったない、と面と向かって言われなくなっただけマシだと思うことにした。
「ただ、君を見た時に何となく違和感はあった。すぐに還ったから、その時は流してしまったがね」
セインとヴェーゼの件で神罰のことを調べまくったおかげで、感知精度が上がっていたのかもしれないね、と補足し、邪神は続けた。
「そして少し時は過ぎ、ある時地上を眺め、属国の神官府を視たことで、ミリエーナを発見して一目惚れしたのだよ。生き餌として。もちろん側には君もいた、アマーリエ。姉妹だから当然だがね」
「それで星降の儀に繋がっていくんですね」
「ああ。君はフレイムに見初められ、僕の大切な同胞になった。だから、きちんと君を見るようになったのだよ。そして驚愕した。君の身の内の奥深くに、レシスの神罰が潜んでいたのだから」
悪神の神罰は、同じ悪神の方が感知しやすい。フルードとアリステルのため、多方面から遊運命神の神罰を精査していたラミルファだからこそ気付けた。
「実はあの時、ラミルファがこっそり念話を送って知らせて来てな。マジかよ、どうするどうするって、二柱で超高速念話をしてたんだ。態度には出さなかったが、内心では結構焦ってたんだぜ、俺」
「僕も慌てていた。アマーリエはもはや大事な同胞になった。身内の危機だからね」
「そうだったのですか」
フルードが感嘆したように言った。
「全く気が付きませんでした」
「ふふ、表面上には動揺を出さなかったからね。ほら、属国の……ミハロとかいう馬鹿が、神器が暴走するだの転送するだの騒いでいただろう。あの時に超速で念話して話し合っていたんだ」
アマーリエは当時のことを思い出す。父ダライが安易にサード家として神器の鎮めを請け負ってしまったことを聞いた時、フレイムとラミルファは先ほどまで喧嘩していたことも忘れたかのように、二柱で仲良く会話してしていた。表向きは、ミハロが厚顔無恥だという内容だったが、その裏ではハイスピードで念話を繰り広げていたのか。
「私たちに教えて下さらなかったのは、共鳴のせいですね」
アリステルが冷静な顔で言った。
ありがとうございました。




