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71.その血が負う天罰 前編

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 昔々、太古の昔。人間という生き物が生まれて少し経った頃。


 神様たちが集まり、初めて人間の中から愛し子を選びました。その中に一人の娘がおりました。木犀(もくせい)の花が大好きなその娘は悪神を魅了し、一番最初の奇跡の聖威師になりました。選ばれた者たちの子や孫もまた、一定数が神に愛され、後代まで栄華を極めました。


 しかし、奇跡の聖威師となった娘の子孫だけは、一人として神に見初められることはなく、必然的にその血統は廃れていったのです。その結末を受け入れた娘は、運命神に頼み、己の末裔たちが幸せになれる力を込めた幸福の神器を下賜してもらいました。

 娘の末裔たちは悔しい思いを抱えながら、泣く泣くその神器を受け取りました。そして、儚く時代の流れの中に消えた後も、どうにかしてかつての(ほまれ)を再現しようと試行錯誤を重ねたのです。


 それから多くの年月が過ぎ、帝国と皇国が創建されて世界がまとまり、さらに幾つもの夜が流れました。


 娘の末裔は帝国の地方都市で生きており、幸福の神器のおかげで豊かな暮らしを享受していました。病で寝付いている末裔の当主には、三人の子がいました。第一子と第二子は姉弟で、遥か古の先祖が得た奇跡に強く憧れていました。家には、神器と昔々の伝承が今も細々と伝わっていたのです。


 かつての夢を再びと野心を抱く姉弟は、二人で(ねや)を共にして子を生むという方法を試みました。自分たちが交わって血が濃い子をもうければ、もう一度神の心を掴む逸材が誕生するかもしれないと期待したのです。

 当代当主の末子であり、姉弟とはかなり年が離れている第三子は、一生懸命に反対しました。しかし、太古の栄華の再来に執着する姉弟は聞き入れませんでした。


 しかし、待望の果てに生まれたのは、ごくごく平凡な子どもでした。落胆した姉弟は現実を受け入れられず、何と我が子に神器を飲み込ませて力を与え、この子は聖威師だと言い張りって祭り上げました。必死で止めようとする第三子は、自室に閉じ込められてしまいました。


 両親である姉弟から歪んだ選民教育を受けた子どもはそれに染まって成長し、自分は神の寵児だと思い込んで居丈高に振る舞うようになりました。やがてその事実は運命神の知るところとなり、見事に逆鱗に触れてしまいました。


 神の愛し子を、つまり神を騙ることは禁忌。しかも、自分が作った神器がその詐称に体良く利用されていた。それは許容し難いことで、運命神は激怒しました。

 末裔たちは全員が神罰牢行きになるところでしたが、他ならぬあの娘が……最初に奇跡の聖威師となった娘が、必死で止めました。


 涙ながらに酌量を嘆願された運命神は、娘に免じて減刑に応じました。末裔たちを神罰牢に堕とすことは赦したものの、主犯である姉弟は下層の地獄行きとしました。それから、子どもの内にある神器を変質させました。幸福の運命を呼び込む力を反転させて、ほんの僅かな幸せすらも寄り付かせない神器に変えてしまったのです。


 加えて、運命神は姉弟の子どもに神罰を降り注がせました。今後、ありとあらゆる艱難辛苦がその子に押し寄せるように。それは子どもが住む邸に降り注ぎ、同じ屋根の下にいた第三子にも神罰の欠片がかかってしまいました。


 ◆◆◆


「ちょ、ちょっとまって下さい」


 アマーリエは思わず片手を前に出してストップをかけた。


「何か?」


 目の前で人形劇を繰り広げていたアリステルが止まる。今は、二体の人形に黒い光が降りかかっているところだ。一体にはたっぷりと、もう一体には少しだけ。


 ――暴れ神の騒動から丸一日眠り込んだアマーリエは、その後数日間は臨時休暇を取って休養した。そして、日を置いて見舞いにやって来たフルードに問いかけた。自分とフルードたちが同じ血とはどういうことか。神罰とは何か。何故葬邪神が自分の守護に付いたのか。


『もちろん説明します。ただ、最初からお話するので、昔々のことから話さなくてはなりません』


 アマーリエの邸の応接室に通されたフルードはそう言い、アリステルを呼んだ。すぐにやって来たアリステルは、自在に動く人形を使って説明を初めてくれた。

 ……のだが。


「あの、運命神って……ルファリオン様ってそんなに過激な性格だったんですか?」

「ルファリオン様? ――ああ、すまない、私の言葉足らずで勘違いさせてしまった。運命神の神格を持つ神はルファリオン様以外にもいる。そちらの方だ」

「え、他にもいるのですか?」

(神官府の講義ではルファリオン様しか習わなかったわ。伝承や記録でも見たことがないけれど)


 首を捻っていると、フルードが口を開いた。


「彼の神は人の世にはあまり知られていないのです。悪神ですから」

「悪神!?」

「今の説明で出て来た娘は、当然悪神だ。奇跡の聖威師だからね。だからルファリオン様ではなく、同じ悪神で親密な間柄にある別の運命神に頼んだのだよ。悪神でも黒い色を纏わせなければ、通常の神と同じ神器が創生できる」


 説明してくれたのは、同じ部屋にいたラミルファだ。彼もフルードにくっ付いてここにやって来ていた。


「ルファリオン様の神格は、細分すると操運命神(そううんめいしん)。今の話の神罰を与えた神は、遊運命神(ゆううんめいしん)。どちらも選ばれし神です。ただ、悪神はあまり表舞台にお出でになりませんから、運命の神として周知されているのは、専らルファリオン様の方です」

「そうだったのですか……」


 この調子では、人間界に知られていない神もたくさんいるだろう。特に悪神であればなおさら。


「ところで……関係ないのですが、何故アリステル様は人形を使われるのですか?」

「幼い頃、シスに……弟に人形遊びをしてやっていたんだ。あの頃は主に、外の石ころや木切れを使っていた」


 壮絶な虐待地獄の中、両親が寝静まり、押し付けられた膨大な雑用を何とか片付けた後で捻り出していた、ほんの僅かな時間。それだけが生きがいだったという。


「そうだったのですか」


 これは重い過去だと察したアマーリエは、深入りするのをやめた。アリステルは親切にしてくれるが、心の奥に深く刻まれた傷について聞けるほど親しい関係を築いてはいない。


「納得したか? では続ける」


 アリステルの声と共に、再び人形が踊った。

ありがとうございました。

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