68.葬邪神とお話し
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(……あら?)
アマーリエは首を傾げた。葬邪神が纏う空気がガラリと変わったように感じたが、気のせいだっただろうか。
さらに、一瞬の内に葬邪神とラミルファの立ち位置が微妙に変わっている。邪神兄弟はこんなに近付いて話していなかったはずだが。
というかそもそも、ラミルファが言った守護とはどういう意味なのだろうか。
だが、それらの疑問を確認する間も無く、葬邪神がクルリとこちらを振り向き、気さくな笑顔を浮かべた。
『やぁ、我が同胞アマーリエ。先ほどから幾度か話しているが、思えばこの姿ではきちんと挨拶していなかった。俺は禍神が長子、葬邪神アレクシードだ。ラミの……ラミルファの長兄だな。良かったらお前のことも少し教えて欲しいなぁ』
『葬邪神様!?』
狼神が喫驚した声を上げた。太古の神がこのような驚きを示すことは非常に稀だが、アマーリエにはそんなことは分からない。
『まさかお受けになられるのですかな。あなたが……あなた様が直々に?』
信じられないという呟きは、しかし、アマーリエの耳には入らない。選ばれし神にいきなり話しかけられ、それどころではないからだ。大急ぎで衣の裾を払い、神に対する礼を取る。幸い、声は出るようになっていた。
「と……貴き大神にご挨拶申し上げます。私は聖威師アマーリエ・ユフィー・サードにございます。この度はお目見えが叶い、望外の喜びでございます」
『あ〜ありがとう。だがそんなに畏まらなくて良いんだ。ほれ、リラックスしてくれ。自由に話そう』
ひらっと手を振った葬邪神が眦を下げた。
『ラミの言う通り、お前には迷惑をかけてしまった。今回もオーブリーの件でも、不安な思いをたくさんさせただろう。すまなかったなぁ』
「私は気にしておりません」
『俺を責めて良いんだぞ。こら〜何てことしてくれたんだ〜、とな』
「責めたりなどいたしません」
本心から言い、アマーリエは最古の邪神を真っ直ぐに見つめた。
「聖威師を廃神にさせないためになさったことと承知しております。他にも、私の知らぬご事情などもおありかもしれませんが、古き神であり多くの神々をまとめていらっしゃる身であれば、それも当然かと思います」
おそらく、アマーリエやフレイムたちには伝えていない理由や因果、経緯もたくさんあったはずだ。それらが複雑に絡まり合い、ぶつかり合う中で動いてくれていた。
「葬邪神様は私に仰って下さいました。疫神様を止められなかった時は、ご自身を恨んで欲しいと。他の神を恨まないでくれと。それをお聞きして、何とお優しい神かと思いました」
この神は、全てを自分で背負うつもりだったのだ。同胞から嫌われることは神にとって何より辛い。そんな思いを他の神々にさせまいと、自分を盾にして全部負おうとした。その上で、聖威師も守ろうとしていた。
「葬邪神様は、天界の神々にとってご長男のような存在だとお伺いしました。あなた様のような神が長兄であれば、神々は幸せでしょう。私も、神の端くれとしてその幸運に浴することができて嬉しく思います」
『……だが、実際辛い思いはしただろう』
「繰り返しになりますが、私たちを守ろうとして下さっての行動だと理解しています。私は実の家族に恵まれませんでした。血縁上の父や母、妹は、一度だって私のことを心配してくれたことなどありませんでした」
熱を出した時や怪我をした時は、家事労働の担い手がいなくなることを気にしてばかり。治療のために霊具を使うのがもったいないと嘆いていた。平常時に至っては、アマーリエが傷付き苦しむことを喜んですらいた。
「だから、必死に家族を守ろうとして下さる兄は私にとって夢物語で……神々は一つの大きな家族だと聞いています。素敵な長兄を持つことができて胸がいっぱいです」
アマーリエにとって最小単位の家族は、フレイムと聖獣たちだ。そこから火神一族やその関係神と広がっていき、最広義では至高神も含めた全ての神々が身内となる。
フロースやラミルファ、狼神、目の前の葬邪神、もちろん聖威師や天威師すらも、広く考えれば全員が家族なのだ。その認識は神全体で共通している。だからこそ、同族しか愛さない天威師は聖威師に対して情を持ち、親切にしてくれる。広義では神々全体が同族であるからだ。
正直な気持ちを伝えると、眼前の神は黙り込んだ。フレイムとラミルファが何かを期待するような顔でそれを見ている。
『――そうか。……なるほどなぁ。よし、分かった』
ありがとうございました。




