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66.邪神兄弟の密談 前編

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 視界で光が明滅する感覚を覚えたと同時、目の前に広がっていたのは見慣れぬ空間だった。鈍い黒一色の、何もない場所。光源も皆無だが、神の眼は闇を見通すため、互いの姿は問題なく視認できる。


『即席で創った異空間だ。仲良し兄弟水入らずで話をしよう。な』


 眼前に佇む葬邪神が、いつもの大らかな笑顔で言った。


『まぁあれだ、今のはちょっとしたジョークなんだろう。いきなり冗談を言い出すから、お兄ちゃんちょっとビックリしちゃったぞ』


 ははは、と能天気な声を出しているが、その瞳に宿る光は真剣だ。じわじわと滲み出る気も、常より重く鋭い。


『冗談ではありません。本気です。あなたの考えている通りの意味で言いました』


 長兄の顔から笑みが剥がれ落ちた。


『……自分の言葉の意味を分かっているのか。無礼者。この俺に守れだと? 俺がどういう存在かは承知しているだろう』


 葬邪神、疫神、そして煉神ブレイズは、選ばれし神の中でも特別視される。何故ならば、親神に代わったことがあるからだ。


 最高神の御子神である選ばれし神は、自身の親神に成り代わることができる。そして、葬邪神、疫神、ブレイズは、実際にその経験がある。遥か悠遠の昔、諸事情により、一時的にではあるが親神の立場を引き継いだことがあるのだ。ゆえにこそ、葬邪神とブレイズは現在まで天界の神々のまとめ役となっている。


 なお、疫神が親神の位置に付いた際、神々は戦々恐々としていた。何しろ暴れ神だ。正真正銘の暴君として君臨するのではないかと皆が肝を冷やし、超天に(いま)す至高神すら固唾を呑んで見守っていた。


 だが、父神と代わっていた期間の疫神は優しかった。別の神なのではないかと誰もが思うほどの温厚篤実(おんこうとくじつ)さで、愛情深く神々に接したのだ。最下位の小さく弱い神のことも、慈心(じしん)を持って包み込んでいた。まさに非の打ち所がない最高神ぶりであったそうだ。


 やがて親神たる原禍神(げんかしん)が戻り、疫神の立場に返ってからは自由奔放な暴神が復活したが、その時の出来事を直に見た古参の神々は実感した。疫神は決して話が通じない神ではないのだと。だが疫神自身は、あんな窮屈な思いはごめんだと言い張り、神々のまとめ役も片割れに投げっぱなしだという。


 一方の葬邪神も、疫神とは別の時期に親神に成り代わった。やはり完璧にその立場をこなし、原禍神が戻った後もブレイズと共に神々を牽引している。

 単に親神に成り変われるというだけでなく、実際にそれを行ったことがある葬邪神は、神々の中でも特別な立ち位置にいるのだ。彼自身もそのことを自覚している。


 細まった双眸に静かな怒りが滲み、長身から噴き上がった赤黄の神威が空間を満たす。


『アマーリエは俺の愛し子でも宝玉でも娘でも妹でもない。大切な身内ではあるが、あくまで数多いる同胞の中の一柱だ。同胞だから面と向かっては言わんが、きっっっっったないし……特別な存在ではない。この俺が直々に守護するなど有り得ん』


 天の神々を瞬時に圧伏させる甚大な御稜威を、ラミルファは自身の力を薄く全身に纏わせて防いだ。兄と同じ色の神威は、しかし、兄より少しだけ明度が高い。


『……なぁ、ジョークだったんだろう?』


 底知れぬ気迫を宿してこちらを()め付けていた葬邪神が、ふと神威を和らげた。押し潰されそうな圧が緩む。


『今ならそういうことにしておいてやる。お前は黙って頷けば良いんだ。そうしたら全部忘れよう。な、また兄弟で楽しく――』

『いいえ』


 だが、ピシャリと遮ると、兄の容貌から今度こそ表情が消えた。


『アマーリエがきっっっっったないのは心の底から同意しますが、冗談にするつもりはありません』

『……お前は悪神とは思えんほどに大人しくて控えめだ。精々、神官府を吹き飛ばすくらいか』


 人間基準ではそれでも大問題である。だが、神の基準では信じ難いほどに温和。たかが建造物一つの被害で済ませるなど、最下級神でも驚く慎ましさだ。


『キレかけたのはあれか、かつてフルードが危機に陥った時くらいだったか。あの時のお前を見て、普段は大人しくても本質は俺と互角の神なんだなぁと思い知ったんだ』


 15年ほど前の話だ。フレイムの領域での修行を終え、神官府に戻ったフルードが、諸事情あって危機的な状況になった。その際、激昂したラミルファは、普段は世界に合わせて抑えている力の一端を解放しかけた。

 疫神がアマーリエに食指を向けた時、底の無い神威を表出して立ちはだかったフレイム。ラミルファもかつて、あれと同じ状態になったのだ。その時はフルードが鎮めた。


 だからこそ、今回フレイムが類似の状態になった時、フルードはいち早くアマーリエに号令を出すことができた。自分もかつて経験した出来事だったからだ。なお、その時は焔の神器も共に激怒しかけており、ラミルファと同時並行で鎮めを行ったため、フルードにとっては本当に冷や汗ものの体験となった。


『とはいえ、普段のお前は本当に良い子で、手がかからん弟だった。いつも俺の後を付いて歩いて、兄上兄上と言いながら神威の蔓や蔦を真似したりしていた。だから、俺も可愛くて可愛くて、にこにこするばかりで、多少ヤンチャをしてもキツイ仕置きを与えたことは一度もなかったんだが』

『…………』


 ラミルファが僅かに眉を動かした。それを見据える漆黒の瞳に、冷徹な色が宿る。虚空から湧いて出た赤黄の蔓がシュルシュルと逞しい体躯を取り巻いた後、無造作に掲げた手に束ねられ、鞭のようにしなる。その表面が僅かに隆起し、小さな棘が無数に出現した。


『今回ばかりはそうもいかん。二度とこのような愚考を持たぬよう、きちんと(しつ)けなくては』

『……愚考と仰いますが、アマーリエはもっと愚かですよ』


 ラミルファは炎も剣も召喚しなかった。無防備な棒立ちのままで言葉を紡ぐ。


『出会い頭に自分を拒絶して辛い生活を送るきっかけになったばかりか、唯一の家族と言える獅子を傷付け、殺しかけた存在のために、汚水をすくって泥をこねた。しかも一切恨みつらみを抱かずに笑顔を向ける。少しでも喜んで欲しいと願いながら。馬鹿を超えた馬鹿だ』


 あの泥団子は、既に自分の領域に転送し、大事な物をしまっておく宝箱に入れた。決して触るなと従神や形代に申し付けてある。悪神は純粋な意味での使役を持たない。悪神にとって、使役は生き餌だからだ。使用人の役は形代にさせている。


『大馬鹿なアマーリエは、彼女より賢い僕が守ってあげなくてはいけないのです』

『…………』


 兄は口を開かず、無言で耳を傾けている。ただ、やや険が薄れた視線で続きを促した。


『彼女は本当にどうしようもない。一の兄上が無理そうなら、ほかの悪神にしようと次善の候補を絞っていたのに……二の兄上に目を付けられてしまいました』

ありがとうございました。

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