60.また来るかも
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どうやら暴れ神は還ってくれるらしい。これで一件落着だと、アマーリエは脱力した。フルードとアリステルが狼神に一礼し、空や周囲を見回しながら少し離れた所まで歩いて行く。
「世界だけでなく、宇宙や次元も復元しなくてはなりませんね。しかも膨大な数を」
「その規模になると、さすがに神格を抑えたままでは厳しいな」
「仕方ありません。神々のどなたかにお力添えを要請しましょう。神は地上で起こったことには干渉しませんが、今回は状況が状況ですから、特例でのご対応をお願いするしかないでしょう」
散々たる現状を確認し、兄弟で話し合っているところに、疫神がぴょんぴょん飛び跳ねながら近付いた。
『我、なおす。今回、特別。雛たち、怖い思いさせた。お詫び、必要』
その言葉と同時に、暗緑の神威が拡散し、森羅万象をあっさりと復元した。
『神格持ち以外の記憶、消した。我がプレウォーミングアップ始めてからのこと、覚えてない。ちょっと寝てた、思うようにした。これで、騒ぎならない。雛たち、片付け苦労しない』
指一本動かさぬまま無邪気な笑顔を浮かべる神に、アマーリエは今更ながらゾッとする。高位の神は、無数にある宇宙や次元すらも玩具のように壊しては復元し、消しては創ることができるのだ。己の好きなように、自由自在に。まさしく絶対存在だ。ひとたびその気になられれば、もはや抑えることはできない。
『これで良し。ただし、復元に時間かかるやつ、幾つかある。その一つは――』
背中に冷たい汗が伝うのを覚えながら思考に浸るアマーリエは、疫神がフルードとアリステルに何か囁いているのを聞き流していた。
『――ということだから、よろしく。では、我、還る。父上、お会いする』
叩頭して礼を言う大神官たちに頷き、疫神がフワリと浮き上がった。計ったように、幾多の彩りが流星のように四方から飛来し、彼の周囲を囲う。地上に降臨していた聖威師の主神たちだ。
『おー、皆! 我、起きた! あっ、新しい子もいる!』
大きな目をクルクル回して喜ぶ疫神に、同胞たちが語りかけた。
『ディス、久しぶりだ』
『そなたもきちんと考えていたのだな』
『てっきりわらわたちの愛し子が危ないものと思うてしまいました』
『私たちで良ければ一緒に遊ぼう』
『我らは荒神ではないから軽めに頼むぞ』
『世界を壊さぬよう、力は抑えめにして下さいね』
『初めまして、疫神様』
『昔の話もたくさん聞かせて下さい』
『最初の次元や宇宙ができる前の話も聞きたいです』
『皆で天に還りましょう』
『あなた様がお眠りの間に、新しい同胞がたくさん顕現したのですよ』
重なる声の中には、ウェイブと思しきものもあった。幼い姿の神が、瞳を潤ませて何度も何度も頷く。
『うん、うん。還ろ、還ろ。遊ぼ、遊ぼ。出す力、ちょこっとだけね。神威出す、怖いなら、ゲームしよ、ゲーム。シュナと、時々遊んだこと、あるよ。新しい子たちにも、会いたい。昔話、いっぱいするね』
弾んだ表情で答え、深緑色の光球に転じると、色とりどりの光とじゃれ合うようにして空高くに飛翔していく。澄んだ声が反響した。
『バイバイ、可愛い雛たち。……あっ、我、また来るかも』
また来んのかい。
一件落着だと気を抜いていた聖威師たちが、一斉にズコッとコケる。フレイムが茫洋とした目で言った。
『今度はいきなり神威ブッ込んで来ないで下さい! マジで頼みますから。まず言葉で話し合いましょう、口を使って下さいよ!』
『あっはははは、我、了解!』
それが最後に聞こえた台詞だった。
お願いだから今度は大人しくしていてくれ。切にそう思いながらも、表面上は礼儀正しい笑みで見送るアマーリエたち。
『アイツ、ただ純粋に遊びたかっただけなんだろうなぁ。ある意味では神らしい神と言えるが』
『そうでしょうな。……しかし、此度は頑是ない面を押し出しており、私に叱られましたが――あの方はあなたと並ぶ神々の長兄。内には計り知れぬ深慮を秘めておられる。過去には私の方が説教されたことも幾度かありますからな』
葬邪神と狼神が、還っていく暴れ神を見上げながら呟いた。
「フルード、アリステル!」
「アマーリエ、リーリア、無事か!」
「お父様!」
神々の光が天に吸い込まれるようにして消えると、入れ替わりにライナスやアシュトンたちがやって来る。佳良に当真、ランドルフたちもいた。神威を受けながらもこちらのことが気になっており、様子を見に来たらしい。
「皆様、お疲れ様でした」
「こちらはどうにか片が付いたところです」
フルードとアマーリエが微笑んで手を振ると、皆、一様に愁眉を開く。一仕事終わったという空気が場を満たした――その時だった。
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