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55.終焉の神託

お読みいただきありがとうございます。

《えっ……フレイムもですか!?》


 カラリと明るい笑顔を向けてくれるフレイム。普段の彼から、荒々しさや猛々しさを感じたことはない。


《ああ。ただ、彼は元が精霊であるゆえ、言葉通りの意味での〝生まれながら〟ではない。神格を得、神として顕現した時に荒神として顕れた、という意味で生来の荒神と同義となる》

《生まれながらの荒神は強大な御稜威を自在に使いこなすから、細かい作業が得意な神が多いんだよね。料理とか裁縫とか工芸とか。それに直感が異様に鋭くて、勘が予知能力並に当たりまくるの。あと、情理を保ったまま荒れてるから、二重荒神にならない限り大半は温厚な性格なんだよ。……疫神はちょっと違うみたいだけど》


 疫神はある意味で本来の荒神らしい荒神であり、悪神らしい悪神なのだ。


《疫神は暴れ神にして太古の眠り神だ。世界に合わせて己を加減することを知らぬ》


 秀峰の言葉と同時に、疫神が()()()と笑った。真っ暗な空を見上げ、歌うように告げる。


『はい。プレウォーミングアップ、終わり〜。今から、普通のウォーミングアップ〜』


 腐敗した藻の色をした神威が炸裂する。葬邪神とラミルファ、フレイムがまとめて薙ぎ払われた。辛うじて聖威師たちと地上は守ったものの、桁違いの神威を正面から食らって倒れ込む。


「フレイム!」


 血相を変えるアマーリエの横で、フルードとアリステルも叫ぶ。


「ラミ様、お兄様!」

「父上っ」


 アリステルは葬邪神と親子の契りを結んでいるらしい。親子兄弟姉妹の契りは愛し子や包珠の契りに等しいため、きっと彼らにも互いとの絆を紡いだ物語があるのだろう――などと悠長に考えている余裕はない。


「フレイム、フレイム!」


 地面を削って吹き飛んだ夫に駆け寄ろうと、神威の重しを乗せたまま足を引きずるようにして近付いていく。


『ユフィ……来る、な……』


 切れ切れに制止するフレイムの声を断ち切り、荘厳な御稜威が奔流となって満ち満ちた。アマーリエの膝が折れ、体が地にへばりつく。視線を巡らせると、フルードとアリステルも大地に伏せていた。


 土を舐めるようにして振り仰げば、暴れる神が浮かんでいる。指の一本も動かさず、一瞥すら向けぬまま、この場にいる者たちを瞬殺で蹂躙した神が。空っぽの暗夜を従え、天高く君臨する気は、まさしく選ばれし超越存在に相応しい。


 小柄な姿が光り輝き、長身に変貌した。精緻に整った美貌、少しだけうねりのかかったストレートの長髪。葬邪神と似通った容姿を持つ青年が、ゆったりと天弓に滞空していた。男らしい逞しさと色香を持つ葬邪神よりも若干細身で、中性的な艶を放っている。


『ふむ、この姿で良いか。双子なのだし』


 己の(なり)を確かめるように両の手の指を動かしながら、誰にともなく発された呟きが、不思議と耳に刺さる。


《あああぁぁまずいまずいまずい、というか私たちの方もまずい、疫神の神威が上乗せされて一気に限界近くなった……受け切れないかも……おぇ、重っ……》

《これでもまだ平時の状態だ、二重の荒神化はしていない。どうにか……疫神を……鎮め……》


 日香と秀峰の声が遠くなる。神威の圧が強まり、念話が維持できなくなったのだ。天威師でさえそうならば、出力と耐久力で劣る聖威師はどうしようもない。アシュトンたちも動けないだろう。


(うぅ……もう駄目……これ以上は無理……潰される)


 大地に伸びているアマーリエの耳に、終わりを宣告する神託が響き渡る。葬邪神よりも幾分か高い声。


『我は最古神ディスシェル。永久(とこしえ)に巡る流転(るてん)の渦の中、この(そら)に一体幾万の星々が生まれ消えゆくのを見たことだろう』


 神衣に包まれた両腕がゆっくりと広がった。森羅万象を制するがごとく、泰然と。

 その神圧の前では全てが無力。ラミルファとフレイムも動けない。


「…………」


 アマーリエを構成する全てが硬直した。頭頂から足の爪先、体内の臓腑に精神の端々まであまねく巡るのは、悟りと後悔。それらに苛まれながら、心の底から恥じ入る。

 ――どうにかして神威を封じたりできないか、などと見当違いの算段を積み上げていた、己の愚かさを。分かっていなかった。自分は何も分かっていなかったのだ。


 魂が告げる。そんなことができるはずがない、この相手はどうしようもない。どうこうできる存在ではない。次元が――次元が違う、完全に。


 宇宙次元の創生より遥か以前に顕現した、最初期の神。

 最高神たる親神の権能を受け継ぐ、神々の頂点。

 世界への容赦も慈悲も加減も知らぬ神。


 その姿と御稜威は、あまりにも壮大で美し過ぎた。


(ああ……)


 吐息が漏れ、意識の全てが持って行かれる。呼吸すら忘れた体は感覚を失くし、震えすらも起こらない。だが、不思議と恐怖や絶望は感じない。ただただ圧倒的で絶対的な超越存在に対する、魂の奥底からの畏敬と感銘だけがあった。


『人の世などほんの瞬きほどの夢幻。取るに足らぬ些細な泡沫。我が心を砕く必要など無し。さあ不要なものは消し、果て無き時を戯れよう――我が同胞たちよ』


 地獄の釜が開いたように、暴威の権化(ごんげ)が顕現した。

ありがとうございました。

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