50.降り注ぐ神威
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先代の皇帝は、上皇および上帝と称する。通常は譲位すれば数年以内に昇天する天威師だが、橙日上帝レイティは未だ地上に残ってくれている。歴代最強の天威師であり、彼に鎮められぬ神はいないとまで言わしめた存在だ。
(ええと、それから……生まれながらの荒神? 天威師でも手に負えないってどういうこと? 疫神様ってそんなにとんでもない神様なの?)
だが、口に出して聞いている時間は無かった。クレイスがまとめに入る。
《それに賭けるしかないねー。アマーリエ、フルード、焔神と骸邪神にも葬邪神への助太刀を頼んでくれるかな》
《はい、紺月帝様》
《は、はい》
フルードが即答し、アマーリエも慌てて追随する。
《じゃあ始めようか。また皆で朝を迎えられることを祈ってるよ》
軽い口調で締めくくったのを最後に、念話は切れた。
『皆、起きた。嬉しい、嬉しい』
疫神が手を叩いて笑う。呼応するように、体中にズンと威圧がかかった。膝が砕けそうになるのを堪え、アマーリエは奥歯を食いしばる。
(神威が来たんだわ!)
自分の部屋に行くと言っていたが、もうここで受けるしかない。
『お前たちは神威を受けることに集中しろ。アイツの相手は俺がやる』
葬邪神が言い、膨大な神威を全身で受けているフルードがラミルファを見た。
「どうか疫神様をお止め下さい。お願いします」
『――我が宝玉の望みならば応えよう』
アマーリエもフレイムに視線を送る。
「お願いフレイム、葬邪神様と一緒に疫神様を鎮めて」
(どうにかして疫神様を抑えられないかしら。一時的にでも神威を封じるとか、弱めるとか……)
そんな芸当は望み薄だろうと思いつつ、言葉を続けた。
「私は聖威師よ。地上を守りたいの」
『お前の願いはどんなことだって叶える』
朗らかに快諾が投げ返される。山吹色の瞳が、決して薄れも揺らぎもしない熱を帯びてこちらを見つめ返した。そして一つ頷くと逸らされ、小さな神に向き直る。
『そぉ〜れぇ〜』
間の抜けた甲高い声。ドォン、と深緑の神威が爆発し、ドス黒い雷撃が爆散した。美しい森林の色ではない。汚臭を放つ腐った藻のような、暗い緑だ。
神官府の本棟や敷地内の森が一撃で粉微塵になり、地面に敷かれていた石畳が一斉に剥がれ飛ぶ。本来であれば帝国と皇国の全領土ごと塵にしていたであろう攻撃。この程度で済んだのは、葬邪神が自身の神威を放って威力を中和したからだ。
(て、天威師と他の聖威師たちは無事かしら……神官府のどこかで神威を受けているはずだけれど)
「アマーリエ、リーリア、自身のことに集中しなさい! 仮眠中に神官府が消し飛び、きりもみ状態で対応を行うことくらい、聖威師にはよくあるでしょう! 皆、これしきのことでどうにかなる者たちではありません!」
「そ、そうでしたね!」
「分かりましたわ!」
フルードが恐ろしい勤務実態を高らかに叫び、すっかり中央本府の色に染まったアマーリエとリーリアが力強く答える。なお、そういう事態が発生した時の一般神官の防御や退避は主任神官や聖威師が行う。高位神官も色々と大変なのである。
『ひーえぇー、此方は上に還るのじゃ。雛たちよ、襲ってしもうた詫びはするでな〜』
どこか間延びした悲鳴を上げながら、魔神がかき消えた。天界に避難したらしい。
『こっちは任せろ!』
フレイムが言い、アマーリエたちから暴神を遠ざけるように上へと跳躍した。
『追いかけっこ? 待て待てー!』
踊り出さんばかりの勢いで、疫神が追いかける。疫神、葬邪神、骸邪神、そして焔神。四柱の神が一斉に空へと飛翔し、稲妻の嵐に身を躍らせた。
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