48.暴れ神の神格
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『アレク、ウザい。すぐ怒る。だが、遊んでくれるなら許す。――遊ぼ、遊ぼ。皆で遊ぼ』
ニタリと笑った少年の瞳孔が縦に割れ、口がバカッと左右に裂けた。大輪の花が開くように無数の火花が迸り、小さな体を覆い隠す。
全身の毛穴が開くような凄まじい気が迸り、火花を跳ね退けて一柱の神が顕現した。
浅黒い緑の肌。丸い顔に爛々と光る巨大な一つ目。裂けた口内には、ずらりと牙が並んでいる。つるりとした頭に生える、鋭利な一本の角。異様なほど膨らんだ腹。上半身は裸で、腰から下には布を巻いていた。背丈は10歳程度のウェイブと同じくらいか。
(一つ目、緑の肌、一本角……)
アマーリエは目の前の神を見据えた。この外見に該当するのは誰か考えるが、思い当たらない。そもそも、暴れ神は人間が誕生する前に眠りに付いたのだから、文献にも記録は残っていないだろう。
と、こちらの様子に気付いた葬邪神が教えてくれた。
『コイツは疫神。言わずもがな悪神の一種だ。病と不浄を司り、災厄を運ぶと言われる。まぁこの姿もまだ遠慮してる方なんだがな〜』
そして、何かを思い出すように彼方を見晴るかす眼差しになった。
『コイツと来たらもう、伝染病やら感染症やらを吹かせまくり、今までにどれだけの星を死滅させて来たか。宇宙を何個かまとめて消滅させたこともあったぞ』
あ〜全く、と呟いている様は、うっかり皿を割ってしまった子どもに対するような言い方だ。宇宙が消えれば大事だと思うのだが。
『あった、あった。我、遊んだだけ!』
明るい口調で認めた疫神が、宙でクルンクルンとでんぐり返りを始めた。
『太古の神はマジでスケールが違いますね』
『お前たち若い神は、宇宙や世界が生まれてから顕現した。だから、世界と共に在るのが当然で……壊さないように、無意識のうちに力のほとんどを抑えてるからなぁ。元が人間の聖威師はなおさらだ。だが、宇宙ができる前からいた神は、そんな抑制や気遣いが薄いんだ』
『狼神様にも言われましたよ、それ』
フレイムがげんなりとした口調で言った。そして、ふと表情を改める。
『葬邪神様。……似非聖威師たちの一件から、いや、もしかしたらそれより前から、裏でちょこまか動いて下さってたみたいじゃないですか。今回の、滞留書の無効化にも一役買ってたんでしょう』
山吹色の目に険を宿して問い詰める中、ラミルファもじっと長兄を見ている。
『ああ、アイツが起きるかもしれんと分かったからな。――少しなら話せそうだ』
疫神が虚空を回転することに夢中になっているのを確認し、葬邪神が口を開いた。
『聖威師や滞留書の件に関しては、俺はずっと尊重派だった。ブレイと共にな』
一瞬新しい神が出て来たかと思ったが、ブレイはフレイムの姉、煉神ブレイズのことだという。狼神ハルアフォードや運命神ルファリオンなど、名を短縮した愛称で呼ばれる神々が羨ましかったらしく、自分も愛称が欲しいと言い出したため、一部の太古神の間ではブレイと呼ばれているそうだ。
だが、肝心の夫神ルファリオンは、マイペースなのか元々の呼び方が馴染んでいたのか、彼なりのこだわりでもあるのか、ブレイズの呼称を使っているままだという。
『神々の中で取りまとめ役の兄ちゃん姉ちゃん的な立場にいるあなたと姉上が、そろって尊重派だった。だから、皆何だかんだで大人しくしてたんですよ』
『そうかもなぁ。……だが、今回ばかりは強硬派や穏健派の意を汲むべきと判断した。アイツは危険すぎる。聖威師のままではアイツの遊びに耐えられん。大事な同胞を廃神にはさせられんだろ』
神に戻すという避難措置を取るのが、最も確実な廃神回避の方法なのだという。
『といっても、俺は元々尊重派だ。滞留書を無効化するという形で、いざとなった時の救出手段は用意した。その上で、ギリギリまで聖威師たちの意思に寄り添うとも』
漆黒の瞳でアリステルとフルード、そしてアマーリエとリーリアを見渡し、続きを述べる。
『俺はこれから、アイツの相手をし、気を鎮める。だが、正直難しい。アイツは何も制約なく全力を出せるが、俺は聖威師を守りながら相手をしないとならんからな。聖威師は地上も守ってくれと懇願するだろうから、それも考慮せんといかん』
アマーリエたちが頷くと、整った美貌が苦笑いを帯びた。率直に言えば無理難題だとひとりごちる。
『例えるなら、そうだな……大海のど真ん中で大津波をぶつけ合って戦いながら、その津波の中にたくさん漂う小さな玉子に僅かなヒビも入れんよう、決して一つも壊さんようにせねばならんという条件を付けられたようなものだ。いや、それよりも遥かに難易度が高い。いくら俺でも、そんなハンデを負ってたらアイツは手に負えん』
今回、天威師は出られない。間も無く眠れる神々が覚醒するため、そちらの対応に回らざるを得ないのだ。眠り神の中には至高神も複数いる。天威師はその相手にかかり切りだ。
『むろん可能な限り努力はするが……どうしても無理となった時は、お前たちの安全を最優先にする。本当に申し訳ないが、神に戻り昇天してもらう』
葬邪神の整った唇が、すまんなぁ、という形に動いた。
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