47.少女の正体
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皆が一斉にそちらに目を向け、アマーリエとリーリアが目を剥いた。
「クラーラちゃん!?」
「ど、どうしてここに……」
夜露を含んで湿った土を踏みしめ、クラーラが腕組みして仁王立ちしていた。夏空のような青い目を半眼にして幼児の神を睨み上げている。桜桃のような唇から、可憐な声が迸った。
「こらぁ! 何をする気かと様子を見ておれば――お前は何をしとるか、バカタレがぁ!」
(……え?)
小さな娘に似つかわしくない言葉が放たれると同時、幼児がクラーラを指差して噴き出した。けたたましい哄笑が大気を貫いて爆ぜる。
『あーっはっはっはっはっは! お前、その姿! 何度見ても面白い! さっき、クロウの手伝いした時、お前見つける、陰で大爆笑!』
(な……何を言っているの?)
宙にひっくり返り、腹を抱えてゲラゲラと転がる小さな神。クラーラが両手の拳を顎の下に当てる。いわゆるぶりっ子ポーズだ。
「みんな、こんばんはぁ。あたし、可愛い可愛いクラーラちゃんよぉ」
キャピッとウィンクを決めると、何故かラミルファが地面に崩れ落ちて抱腹絶倒した。
『ふ……ふふふ、……き、気持ち悪……頑張って、我慢、していたのに……気持ち、悪っ……ふふ、はははっ……』
どうやら笑いながら気持ち悪がっているらしい。意味が分からない。幼き神の方はもはや息も絶え絶えだ。魔神がホッとした顔で胸を撫で下ろした。
『やれ、お越し下さいましたか。これで安心なのじゃ〜。牛の魔物をけしかけた時、あなた様に睨まれてしまいましたなぁ。ギリギリで止めるつもりではおったのですが、やり過ぎだと牽制なされたのかと思うておりました』
『そうだとも。クロウ、お前は昔から自分の妄想と現実を混同して突っ走るから不安だったんだ』
ぶりぶりポーズを解いてダラリと腕を下ろしたクラーラが、仕方のない奴め、と溜め息を押し出す。
『あーお出ましですか。いつ来て下さるんだろうってずっと待ってたんすよ』
フレイムがひょいと片手を上げて口を挟んだ。若干疲れた声音だ。
『厨房であなたを見た時は、どうリアクションしたら良いのか分かんなくてひたすらスルーしたんですけど。つか、ラミルファも頑張ってスルーしてたんすけど。結局笑かしちゃってるじゃないですか。……もうこうなったらどうでも良いんで、早くあなたの弟さん何とかして下さいよ』
クラーラが唇の端を持ち上げて嗤う。鈍い漆黒の光が視界をつんざき、うねる黒髪を翻した長身の美丈夫が現れる。
『おぉ、大きくなった!』
「葬邪神様!」
「父う……葬邪神様」
少年の神がパチパチと小さな手を叩き、フルードが呆気に取られた声を出す。アリステルは冷静だった。
ロリの幼女が絶世のイケメン美青年に変身した衝撃でフリーズしていたアマーリエとリーリアは、ハッと我に返る。
「えっ、葬邪神様!?」
「ラミルファ様のお兄様ですの!?」
(そうだわ、この方……ラミルファ様が神官府を丸焼きにした時に慟哭していたわ。タペストリーがどうとか言っていた気がしたけれど)
そういえば、ラミルファは『あちらも密かに動いている』と言い、何かをフレイムに伝えようとしていた。魔神の襲撃に神官府への急行などが重なって先延ばしになっていたが、もしや兄が幼女に化けて降臨していることを察していたのだろうか。
腰に手を当てた葬邪神が、風に髪をなびかせて言う。
『一億年振りだな、ディス。まさかお前が気配もなく騒動も起こさず、フッと起きて動くなんてなぁ。すっかり出し抜かれてしまったぞ』
『我、パチッと目が覚めた。自分でもビックリ』
『覚醒の鳴動を見せていたお前の気が最近は静かになっていたから、眠りが深くなったかと安堵してたんだがなぁ。ふと胸騒ぎがして、昨日お前の領域に行ってみたら、寝床が空っぽだったじゃないか。人間だったら驚きでぽっくり逝ってるところだ』
『我を追って来た?』
『当たり前だろう。お前の気配を探ったら微かだが地上の帝都から感じた。俺はお前の双子だ、隠れていても感知しやすい』
引き締まった腕で首筋をかき、禍神の長子が眉を顰めて続けた。
『とはいえ、暴れ神がいつの間にやら目覚めておって下をふらついているようだが、それ以上のことは何も分からん……などと迂闊にバラせば、聖威師たちを案じる主神や神々が本気で暴走しかねん』
『アレク。我、暴れ神違う。正しい神格ある』
『通称だ、通称! あんまり暴れまくるからそう呼ばれておるんだ! ……事実を話すにしても、お前が今どこで何をしているか最低限のことは確認してからだと思い、聖威師たちの警護も兼ねて密かに降臨した。そうしたらその日の内に動き出しおった』
全くお前という奴は、クロウまで巻き込みおってからに、と呻く葬邪神。
『そりゃあナイスタイミングだ。双子なんで虫の知らせってやつでもあったんですかね』
フレイムが呟く。ようやく復活したラミルファが立ち上がりながら言った。
『ですが兄上……いえ、一の兄上。何故少女の姿に?』
『いつも青年姿ばかりでは面白くないだろ……んんっ、いっそ完全に違う姿になった方が気付かれにくいと思ってなぁ』
途中でゴホンと咳払いをして誤魔化したが、彼も彼で遊び心は持っていたようだ。リーリアが緊張した面持ちで口を挟む。
「恐れながら申し上げます。貴き神々のご歓談中に口を挟む非礼をお許し下さいませ。クラーラ・ルートの父、ボガースを視た際、経歴や事故死した光景が視えたのですが……」
『ああ、どんどん話してくれて構わん。お前は泡神様の愛し子だな。会えて嬉しいぞ。……で、質問の件は簡単だ。神威で適当にボガースの設定を捏造し、一時的に世界に反映させた。でないとお前たちは、クラーラを返そうと父親を探すだろ』
神威をもってすれば、架空の人物や経緯を世界に埋め込むことなど朝飯前だ。
火神の神使の昇格審査のためにフレイムが呼び戻されるであろうこと、水神がフロースを呼ぼうとしていることなども把握した上で、聖威師としてはまだ未熟なアマーリエとリーリアを重点的に守るために降臨したのだという。もちろん、他の聖威師たちのこともきっちり遠視で見守っていたそうだ。
『お前たちの性格も調べておいたからな。あの状況のクラーラを、問答無用でいきなり施設に引き渡しはせんだろうと予想は付いていた』
葬邪神の調査が長引けば孤児院側とのやり取りが進んでしまうことになるが、そこは入所の前に正体を明かしさえすれば良い。親類や知人の引き取り手が見付かったなどで、直前に入所を取り止めることは珍しくないので、どうにでもなる。
アマーリエは、クラーラが隠し事や偽りを秘めていないか聖威で確認したが、葬邪神の神威の前では無意味だったのだろう。
『コイツの動向が確認できたら、ラミとフレイムには事情を話そうと思ってたんだがなぁ。それよりコイツとクロウが動く方が早かった』
ありがとうございました。




