22.星降の儀
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「お待たせ」
ゆったりとした部屋着に着替え、身繕いを終えたアマーリエが部屋に戻ると、生クリームがこれでもかと積み上げられたココアを夢中で制覇している小鳥がいた。
「まあ、クリーム追加してもらったの? 良かったわねぇ」
「ピィピィ!」
「お前も食えよ」
フレイムがサンドウィッチの包みを示す。
「ええ。たくさん種類があるから、一緒に食べましょう」
(まずはハムチーズかしら。それともタマゴ?)
色とりどりの具材が挟まったパンを見回しながら、カフェオレを一口飲む。疲れた体を優しく癒してくれるクリームの甘味に、思わず笑みが零れた。
無防備な微笑を見たフレイムが、僅かに顔を赤らめたことには気付かない。
「美味しい」
心から呟きながら、ハムチーズサンドを取って頬張る。
「ハムとチーズ、野菜、タマゴにツナ……お前は素朴な具が好きなんだな」
「そうよ、普通のものが一番美味しいわ。ミリエーナは豪華な具材を好むけれど。ステーキとかキャビアとか、トリュフとかが良いらしいの」
「半分は血の繋がった姉妹なのに、全然似てねえなぁ」
カツサンドを口に放り込んだフレイムが肩を竦めた。
「懲罰房の食事は質素だと聞くから、きっと今頃泣いているでしょうね」
「自業自得だろ。あのバカ妹とバカ婚約者のせいで霊具が爆発したんだぜ」
「そうね。お父様が嘆いているわ。五日後の星降の儀までには、懲罰房から出られないと困るって」
ふーん、と興味がなさそうな相槌が返った。小鳥は相変わらずココアに夢中だ。
アマーリエは目をつぶり、適当にサンドウィッチを取った。
「やった、ツナだわ」
喜ぶが、自分が好まない具材はそもそもテイクアウトしていないので、どれを引いてもハズレはない。自分かフレイムが好きそうな中身ばかりを包んでもらった。ツナサンドを一口かじり、続ける。
「星降の儀は、神官が総出で行う三十年に一度の大祭よ。メインとなる主祭は天の神々もご覧になるから、まだどの神の神使にも選ばれていない者にはまたとない好機だわ」
神は特段の事情がなければ、地上と人に直接関わることはない。神使の選定も自身の使役をメインにして行わせている――地上を眺めていてよほど気に入った者がいれば、使役を動かしてその者を確保することはあるが。
しかし、星降の儀は神をも巻き込んで行う特殊なものであるため、その儀式中は、神が直々に神使を選び出す可能性もあるそうだ。
「あーそうだったな。俺が星降の儀を見たのは今までで九回。今回で十回目になる」
「十回目……じゃあ、フレイムって三百歳なの?」
「ああ。火神の御子の中じゃ末っ子なんだぜ。儀式に興味はないが、同胞がいるから毎回見てたな。そういう神も多い。天威師と聖威師見たさで儀式を覗くんだ。だが、今回に関しては神使の選定に使えるから、儀式自体を真面目に見る神も増えるかもな」
「そうであってくれれば嬉しいわ。……ミリエーナなら、もしかしたら選ばれる可能性があるかもしれないもの」
生前に選ばれずとも、死後に昇天すれば四大高位神によりいずれかの神の神使に振り分けられる。それは霊威師の特権だ。
しかし、前もって見出され選ばれていた者と、最後まで売れ残って強制的に分配された者とでは、主となる神から与えられる待遇に天と地ほどの差があるだろう。
「チャンスがあるなら無駄にして欲しくないのよ。あれでも一応は妹だもの。幸せになれるならそれにこしたことはないわ」
再び目を閉じてサンドイッチを取ろうとするが、手首を掴まれた。
「ストップ。そのままだと付け合わせのパセリを掴むぜ」
「ええっ、それは嫌だわ」
慌てて目を開き、きちんと選び直す様子を苦笑して眺めながら、フレイムがポツリと呟いた。
「お前だって不幸になることはないんだ。――俺の神使になればいいじゃねえか」
「え? 何か言った?」
「いや、何でもない」
顔を上げたアマーリエが問いかけるが、フレイムはさっと明後日の方を向く。そして、ごまかすように明るく告げた。
「そういや、俺は今年の儀式は見られねえんだ」
「え、どうして?」
「星降の儀式は一部の神も参加する。俺は今、天の神との接触は極力控えることになってるんだ。儀式みたいに日程が分かってるものはこっちから避けた方が無難だろう」
「まあ……残念ね、せっかくの十回目なのに。主祭の翌日にある後祭だけでも、こっそり見に来たら? 主祭の日に献上した供物のお下がりを、皆でいただくの。神官が勢ぞろいするし、火神様の神使選定の場としてもいいかもしれないわよ」
「おー、行ってもいいかもな」
フレイムがまんざらでもなさそうな反応を見せた。
「とりあえず、主祭の日は大人しくここに引きこもっとくか」
「部屋にある本とか、気になるものがあったら読んでいいわよ。神様にはつまらないかもしれないけれど」
「んー、本か……そうだ! お前の代わりに邸を掃除しとくのはどうだ。ピッカピカにしてやるぜ。バカ親父とバカ母とバカ妹が滑って滑って滑りまくるくらいにワックスかけておいてやるよ」
「やめて、お願いだから! 面白そうな本を置いておくから、それを読んでいて!」
頭を抱えて叫ぶアマーリエに、フレイムはカラカラと笑う。
その様子を、白と桃色のまだら模様になった小鳥が横目で見ていた。
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