45.耐えなければならない
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フルードがアマーリエとリーリアを見た。
「天威師と他の聖威師も、帝都及び皇都の中央本府で各自配置に付いてくれています。全員が一つの部屋に固まる必要はありません。本件に関しては、中央本府のどこかにいてくれれば、同じ場所に集結していることになりますので」
帝城及び皇宮は隣り合って建てられており、その内にある両国の中央本府も隣接している。実質的には一つの大きな施設のような物だ。
「中央本府内ならばどこでも構いません。自分が少しでも力を安定させやすい場所で神威を受け止めて下さい」
「アシュトンと恵奈から報告の念話があったが、神官府も含めた帝城と皇宮の者たちは、全員転移させて避難済みとのことだ。国王たちも別地の離宮に退避している。天威師と聖威師しかいないから、人目は気にしなくて良い」
大神官たちが交代で言葉を紡ぐ。アリステルの言う帝城と皇宮の者たちとは、夜勤の神官や官吏、女官たちのことだろう。
「皆には何と説明して退避させましたの?」
「緊急の神事だと通達したらしい。天の神威がざわついている気配がするため、天威師と聖威師が確認を行い、必要であれば対応をする。今宵はその儀式に集中するので、人間たちは念のために城宮から出ていろと」
三千年の歴史の中で、そういった処置が行われた前例はある。神への信仰が根付く世界ということもあり、皆は疑問も特に感じず、粛々と従ったそうだ。
国王や王族には本当の事情を話しているが、厳しい話、人間でしかない彼らにできることはない。静観するように伝え、離宮に移ってもらったという。
なお、現在も続いている神使選定のために降りている使役たちも、この状況なので一時的に天へ還ったそうだ。
(任意の場所……一番リラックスできるのは自分の執務室かしら。庭も良いけれど、今は暗いから昼間とは雰囲気が違うものね)
アマーリエはどこに行くかを検討しながら、そういえばと思い付いてリーリアを見る。
「リーリア様、こんな時にごめんなさい。リーリア様の邸には転移霊具は置いているかしら? クラーラちゃんがこちらに戻って来てしまったの」
何か知らないかと問うと、緑色の双眸が見開かれた。
「あの子がアマーリエ様の所に? 全く気が付きませんでしたわ」
フロースと水神の説得に集中していたためか、別室に寝かせたクラーラの気配が消えたことを察せなかったようだ。
「非常用の転移霊具はありますが、普段は別棟にしまっておりますの。基本的には自分の聖威を使って転移できますから」
「それはそうよね……。クラーラちゃん、どうやって来たのかしら。私の邸でお風呂に入れて着替えさせたから、自分の霊具を持っていたわけではないでしょうし。まさか夜道を走って来たのかしら」
それにしては服も髪も綺麗なままだった。
「そもそも、あの子は朝まで目が覚めないように眠らせたつもりでしたのに。力の加減を間違えてしまいましたかしら」
解せないという風情でリーリアが眉を顰める。
「緊急時にこんな話をしてごめんなさい。明日クラーラちゃんに聞いてみるわ」
(無事に明日を迎えられればの話だけれどね……)
神威を受け止め切れなければ、地上は壊滅する。自分たち聖威師は天に昇り、ニコニコ顔の神々に迎え入れられるだけで済むが、人間たちは終焉を迎えることになるだろう。当然、クラーラの命の灯火も儚く吹き消える。そんな結末はあってはならない。
(いいえ、そんなことを考えては駄目。きっと耐えられる、耐えなければいけないの)
慌てて頭を振り、不吉な考えを飛ばすと、フレイムを省みた。
「フレイム、私の部屋に行くわ。一緒にいてくれる?」
山吹色の瞳が優しく細まる。いつでもアマーリエを照らしてくれる、頼もしく温かな篝火だ。
『当たり前だろ。不安なら手でも何でも握ってやるよ。抱きしめてやっても良いし、ずっと耳元でダジャレ言っといてやろうか?』
「やめて、お願い……」
想像するだけで脱力する光景だ。フレイムなりに緊張を解いてくれようとしているのだろうが。
『フルード、君はどこを選ぶ?』
ラミルファが聞いた。一緒に行くつもりなのだろう、ピタリと横に寄り添っている。
「神官府の裏庭にある四阿の陰にします」
『……ふぅん。分かった』
何故か一瞬だけジト目でフレイムを見た邪神が、すぐに笑顔に戻って言った。
(あんなジメジメした所を選ばれるのね。昼間でも薄暗いし、霊威灯も少ないのに)
意外だと思いながらフレイムを見上げると、彼の目は驚くほど優しい色を帯びていた。
『大神官の正装は着るのかい?』
「それに関しては悩んだのですが、眠り神方が降臨なさるわけではなく、神威の余波の受け止めなので、正装までは不要かと。通常の神官衣でいきます」
大神官の正装。アマーリエは、星降の儀で見たフルードを思い出した。
精緻な紋章が入った長い外套、一目見て極上品であることが分かるブレスレットと首飾り、髪飾り。それらを纏った姿は溜め息すら出ないほど麗しかった。
だが……何故か、美しい拘束衣に豪奢な手枷と首枷を付けられているようにも感じた。
『気を付けろよ、セイン。んじゃ行くか、ユフィー』
アマーリエの胸中など知らないフレイムがくるりと振り返り、手を差し出す。ハッと意識を切り替えたアマーリエが、その手を取ろうとした時だった。
『行く、ダーメ』
甲高い声が場を切り裂き、フレイムとラミルファが一瞬で気配を変えた。
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