44.神官府にて
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『それより、君たちは早く神官府に行った方が良い。眠れる神々が覚醒するのだろう。想定していた時期の中では最短だ。間に合って良かったな』
最後はフルードを見ての言葉だった。間に合うとはどういうことだろうか、とアマーリエが疑問を浮かべる前に、続きの言葉が紡がれる。
『地上を押し潰したくないのならば、天よりの神威を食い止めなくては』
フルードが困った顔で首を横に振った。
「もちろんそうしたいのですが、転移が使えないのです。雷を放って来た神威に阻害されているようで……走っていくことはできますが、そもそも外に出られない可能性が高いかと」
佳良とアシュトンからの念話は通じたので、完全に外界と遮断されているわけではないだろうが。ここから逃げ出せるような移動技が使えなくされているのかもしれない。
『もうすぐ使用可能になると思うがね。食堂の雷に対応した後、魔神様に頼んで、二の兄上に遊びを止めていただけるよう言伝を届けてもらったから』
「二の兄上?」
アマーリエが聞き返すと、フレイムが説明してくれる。
『例の暴れ神も、魔神様と一緒にひっそり起きてたらしいぜ。聖威師が被虐趣味って仮説を立てたのもそっちだとか。多分、あの雷を操ってたのがそうだ。今は鎮まってるから、魔神様が伝言を届けてくれたんだろ』
「ただ、まだ転移が発動できないのです。遊びを中止してくれということだけ先に伝え、今は詳しい説明をしている最中なのかもしれません。私たちは早く神官府に行きたいのです」
漆黒の雷による攻撃は、未だ再開しない。魔神が話をしてくれたのだろうか。透明な碧眼が己の原点たる神を見た。
「お願いします。私たちを神官府に連れて行って下さい」
『良いよ良いよ、望み通りにしてあげよう。全て君が望むように』
清々しいまでのノータイムで即答した邪神が、ぐるんと腕を一回転させる。何かが割れる音と共に、空間にボコリと真円の大穴が開く。穴の向こうには見慣れた神官府の庭園が広がっていた。
『邪魔していた力は砕いた。神官府に繋いであげたよ』
「ありがとうございます」
顔を明るくしたフルードが礼を言い、アリステルと共にいそいそと穴を潜る。
「クラーラちゃんはここにいてね」
アマーリエは女性型の形代を創り出し、寝室に連れて行くよう指示してクラーラを渡す。少し腰を屈め、真っ青な瞳と目線を合わせて微笑んだ。
「今日は怖い思いばかりさせてごめんね。このお姉さんがベッドに連れて行ってくれるから、明日ゆっくりお話しさせて」
本当はこんなおざなりな対応はしたくないが、今は時間がない。クラーラに向けて眠りの聖威を放ったアマーリエはすぐに身を翻し、ラミルファが開けてくれた穴を通った。
「アマーリエ様!」
庭園の草を踏みしめると、リーリアが足早にやって来た。整った容貌が硬さを帯びている。
「リーリア様、遅くなってしまってごめんなさい」
「いいえ、わたくしも今来たところですの。緊急事態ですから、水神様の説得の続きはフロース様にお任せしましたわ。ですが、あちらも中々首を縦に振って下さいませんの」
リーリアは水神にとって可愛い義娘だ。末息子を引き篭もりから解放してくれた点でも大きく感謝している。ゆえに、大抵の願いであれば即座に聞いてくれる。
だが、今回ばかりは同胞が廃神になりかねない危機であることから、容易には滞留書を返してくれないそうだ。
「フロース様には、後の事をくれぐれもお願いして参りました。滞留書が戻るまで、わたくしは心配で息もできないほどですわと訴えておきましたの。……もしこのまま滞留書が更新できなければ、皆様に申し訳が立ちません」
「違います。リーリアのせいではありません。私とて、滞留書の複製を持っていながら異変に気が付きませんでした」
自身の主神が、滞留書の無効化に一枚噛んでいたことを気にしているのだろう。唇を噛むリーリアに、フルードが静かに語りかけた。
「狼神様も含め、神々には神々の御神慮がお有りです。私たちの側が常に正義なのではありません。天は遥か以前から幾度も譲歩して下さっている、そのことを忘れてはなりません」
本来、神格を得た時点で天に昇るのが原則のところ、聖威師という状態で地上に留まることを認め続けてくれていた。それこそが妥協の歴史を証明している。
「聖威師と神々。それぞれの想いと行動が交差する先に、私たちが辿り着く未来があります。己の心の持ちようと有り様が、進むべき道を開き定めていくのです。今はただ、やるべきことをやりましょう」
フルードの瞳が、真っ直ぐにリーリアを見据えた。穏やかながらも揺らがない眼差し。
「現在の泡神様は、滞留書の細工に関与していた時点の泡神様とは違います。今はリーリアという愛し子を得ているのです。愛し子が滞留を望むならば、主神は必ず応えて下さいます。自身の主神を信じなさい」
そう断言する言葉の裏に宿るのは、彼の主神たる狼神への不動の信頼だ。狼神がガルーンの件からずっと糸を引いていたと聞かされても、フルードが彼の神に向ける思慕と信には微塵の濁りもない。
いや、狼神だけではない。主神に匹敵する関係を結んでいる神々に対しても、その信は向けられている。まずは兄たるフレイム。それから――
『僕たちは表立っては援護できないが、まぁやれることはやるから頑張れ。ラッキーなことに、僕たちが特別降臨している時に目覚めてくれたから、こっそり手伝ってあげられるよ』
ヘラヘラ笑うラミルファ。彼もちゃっかり付いて来たらしい。
『愛し子や宝玉が襲撃されて窮地ってわけじゃねえからな。この件に関しては堂々と出張ることはできないが、影からコソコソしてみるんだぜ。とにかく今は精一杯やってみな』
横に佇むフレイムも激励してくれる。二神そろって未だ神威を抑えていないのは、これからフォローしてくれるつもりだからだろう。
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