43.邪神たちは考える
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(嘘、嘘、嘘っ……)
少年姿の神の心臓部分を深々と刺し貫く漆黒の槍。それが激しく火花を上げて白い肌を焼いているのを認めた瞬間、ボロボロと涙が溢れて来た。
「は、早く治癒を……」
神威による攻撃を受ければ、神であっても死ぬのだろうか。いや、ラミルファはとても高位の神だから、きっと大丈夫なはずだ。そうに違いない。
『――僕は常から不思議だったのだがね』
「……え?」
必死で治癒の聖威を使おうとしていたアマーリエの耳に、場違いに軽やかな声が入って来た。
『地上の娯楽本で戦闘物を読んでいたら、よくこういうシーンが出て来るじゃないか。ほら、誰かが絶体絶命のヒーローやヒロインを庇い、敵の攻撃の前に身を晒して代わりにダメージを受ける展開が』
「……はぁ……?」
一体この邪神は何を言い出すのだろうかと思いながら、取りあえず頷く。
『あれを読むたびに、コイツら馬鹿だなぁと思っていた。人間など、斬られたり刺されたらすぐ死ぬ生き物の癖に、何故そんなことをするのだろう?』
よっこらせ、と漆黒の槍を引き抜くと、血の一滴もこぼさず傷の一つもない体が現れる。
『だってそうじゃないか。さあ当てて下さいと言わんばかりに、わざわざガパ〜ッと両手を広げてノーガードで、攻撃の進行方向のど真ん中に突っ込んでいくのだよ。何故その前に防御体勢を整えない? 庇いたい相手に結界を張るなり、防御霊具で自分に守りを施してから盾になるなりすれば良いじゃないか』
「それはまぁ……時間が無かったとか……一般人で霊具を持っていなかったとか……」
『だとしても、せめて両腕で頭だけでもガードするくらいはできるだろう。それすらせず、無防備にフルオープンで攻撃を受けるとは馬鹿の極みとしか思えない。何故そんなことをするのだろう?』
あぁ不思議だなぁ、とひとりごち、ラミルファがコテンと首を傾げる。
「…………」
アマーリエは無言で聖威を消した。この雷に聖威は効かないので、いくら全力を振り絞って治癒をかけても無意味だと、今更ながら思い出したからである。決して、『あーコイツ何か元気そうだし心配なさそうー』などと思ったわけではない。
気が付けば、あれほど激しかった攻撃が止んでいた。シンと静寂が落ちた厨房で、皆が何とも言えない顔で立ち尽くしている。
雷獣は何故か、ぴょんと二足で直立し、前脚を組みながらうーんと首を捻っていた。まさかラミルファと一緒に考えているのだろうか。ふと腕の中を見下ろせば、ずっと抱えていたクラーラまで泣き止み、真剣な表情でうーんと腕組みしている。何だ、この状況は。
珍妙な光景と微妙な空気を物ともしない邪神は、引き抜いた槍をクルクル回しながら肩を竦める。
『挙句の果てに、庇われたヒーローやヒロインと感動の別れのシーンが挿入されたりするのだから、全くもって意味不明だよ。彼らは自分からのこのこ攻撃に当たりに行っただけじゃないか』
「……まぁ演出上、そこを見せ場にしたかったのかと……」
遠い眼差しで答えるアマーリエ。涙はいつの間にか引っ込んだ。
『娯楽本を数百冊くらい読むと、似たようなシーンが随所にある。その度に、あー馬鹿馬鹿しいなぁ、人間の感性というものは本当に不可思議だなぁ、神には分からないなぁと、心の底から思っていたのだがね』
『馬鹿馬鹿しいと思いながら数百冊しっかり読んでるお前が一番馬鹿馬鹿しいだろ』
フレイムがボソリとツッコむ。まさしくその通りだと思いつつも、天の神相手に口には出せないアマーリエ。
『だが今、少しだけ分かったよ』
ふと邪神の口調が変わった。まずフルード、次いでアリステル、そして最後にアマーリエを見つめ、どこか穏やかな眼差しで呟く。
『自分の大事な者たちが危機に陥っていれば、何も考えずに身一つで飛び出してしまうものなのだな』
灰緑の双眸が、優しさすら孕んだ色を浮かべて細まった。
『仮にこの身が神のそれではなかったとしても、僕はきっと今と同じ行動を取っていた。……君たちが無事で良かった。セイン、ヴェーゼ……アマーリエ』
(えっ、私も?)
さらりと自分の名も呼ばれたことに驚きを隠せない。腕の中でクラーラが僅かに身動ぎした。見下ろすと、何故か驚いたように目を瞠って邪神を凝視している。
フレイムが何か言いかけるが、その前に、ラミルファが予備動作もなく槍を放った。無造作に投げられたとは思えない速度で飛んだ槍は、動きを止めて思考ポーズを取っていた雷獣を正確に刺し貫く。断末魔の声の代わりにひときわ大きな火花を上げ、雷獣は弾け消えた。それを最後まで見ようともせず、邪神はさっさと話題を変えた。
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