42.その時は迫る
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『我が神性において、聖威師たちに防御回避を含む身を守る行動を許可する!』
雷を見据えて刃を振るうフレイムが声を放つ。
神格を抑えている聖威師は、原則的に天の神に逆らえない。魔牛が襲来した際は、あくまで主たる相手は魔物であったが、今は違う。神自身が攻撃して来ている。同じ天の神の許しがなければ、それに抵抗することができないのだ。
「行きなさい!」
フルードがアマーリエの盾になる形で、漆黒の雷獣の前に身を滑り込ませた。熱線の高電流を捌くフレイムがそれを一瞥すると、剣を背に流すように一閃し、稲妻の獣を一太刀で真っ二つにした。
瞬時に焼き払われた雷獣は、しかし、即座に復活して数体に分裂する。一斉に開いた顎から大量の光球がシャボン玉のように溢れ出すと、一斉に放電した。
『守るな、避けろ!』
「はい!」
飛びかかって来た獣を蹴り飛ばしながら、刃を返して雷撃を斬り伏せるフレイムが、鞭のような指示を飛ばした。打てば響くように応じたフルードが身を翻し、紅碧の聖威を纏って身体能力を強化させながら、最小の動作で電流と獣の襲撃を躱す。
「聖威の防御は貫通される。結界は意味を成さないと考えろ」
アマーリエを先導するアリステルが鋭く告げた。紫烏色の聖威を帯びた短剣を召喚し、アマーリエへ向かっていた黒雷へ投擲する。当然のごとく押し負け、一撃で剣身が砕け散るが、気にしない。僅かでも軌道を逸らし、当たらないようにするための護身が目的だからだ。
一拍遅れ、雷獣たちの間をすり抜けて来たフルードが追い付いた。その後ろから黒い追撃が迫る。振り向いたアリステルが踏み込み、聖威で稲妻を弾いた。フルードも跳躍し、前方から向かい来る雷を横様に叩いて直撃を防ぐ。
互いの背後を守る形で交差した大神官兄弟は、ごく自然に背中合わせの状態となって場を窺った。フルードが滅多に浮かべない切迫した表情で出口を見る。
「早く距離を取らなくては」
「ああ、ここにいればかえって焔神様の邪魔になる」
アリステルの言葉に被せるように、フレイムがつと眉を顰める。
『……いい加減ウゼェな、おい』
低い声と共に、神炎の質が変わった。熱さと力強さはそのままに、鋭さと刺々しさが加わる。無作為に厨房を駆け巡っていた稲妻が動きを止め、雷獣たちが警戒するように身を引いた。
『全部燃やし尽くしてやるよ――復活の灰も残らねえくらいにな』
山吹色の眼が闘志を帯びて閃く。鋭い犬歯をチラリと覗かせて嗤う様は、周囲の全てを心胆寒からしめる程に凄絶だった。
赤く燃える剣が閃き、終焉を告げる刃のごとく打ち下ろされようとした時。
唐突に念話網が展開された。
《緊急連絡です! たった今、我が主神の鷹神様と、当真の主神たる孔雀神様より連絡がありました。眠れる神々がもう目覚めるとのことです!》
緊迫した佳良の報告が響き、フレイムの腕が止まる。フルードとアリステルが目を見開いた。アマーリエの思考が停止する。
(えっ……)
《聖威師は全員、可及的速やかに神官府に急行しろ――間もなく神威が来る!》
アシュトンからも連絡が入る。今までにない緊張を宿した声だ。
『――このタイミングでか』
剣を掲げたまま動きを停止し、フレイムが忌々しげに呟いた。彼も念話網に含まれていたのか、あるいは天から覚醒の気配でも感じて状況を悟ったのか。
(そんなっ、こんな時に!?)
アマーリエが胸中で悲鳴を上げた瞬間、一陣の閃光が走った。
皆が念話に気を取られたことで生まれた、刹那の空白。その間隙を正確に縫い、一直線に漆黒の雷槍が飛来した。
「しまっ――」
回避は間に合わない。防御も効かない。アマーリエが硬直し、フルードとアリステルが息を飲み、フレイムが険しい顔で剣を振るいかけ――
白い髪がサラリと揺れる。小柄な影が両手を広げてアマーリエたちと雷槍の間に割り込んだ。バチチ、と鋭い音が上がり、黒い火花がスパークする。
「い……いやあああぁぁ! ラミルファ様っ!」
すんでのところで自分たちを庇ってくれた邪神が、ほんの少し驚いたような顔で、自身の胸を貫いた稲妻を見ていた。
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