38.ワイマーの正体
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「ワイマーさんはあなただったのですか。エイリスト王国の神官というのは――」
『照覧祭に紛れる際、参加者たちの情報をざっと視たのじゃ。どうやら多様な国から神官という者たちが集っておるようであったゆえ、此方も適当な国の神官のフリをした。入口では身分証確認なるものをされたが、そこは応対した者の認識を神威で歪めて通過したぞ』
世界が変わったと言いつつ、何だかんだで柔軟に対応している魔神である。口に当てた神衣の袂から覗く眼が、艶麗な弧を描く。
『そこで面妖な雛たちを直に見たのじゃが、何故わざわざ神格を抑えておるのか謎じゃった。神威で見通せば分かるであろうが、それではつまらぬ。此方は考えるのが好きなのじゃ。さっさと正解を調べては面白うない。そこで、しばし雛たちを観察することにした』
『いや、サクッと神威で調べて下さいよ……観察なんかしなくて良いですって』
『僕は魔神様の気持ちが分かるがね。悪神は一足飛びに答えを知るより、愉しみながら思考を巡らせるのが好きなのだよ』
げんなりと呻くフレイムに、ラミルファが含み笑いで返した。
『並行して、地上の状況や人間についても調べたのじゃ〜。その最中に発生した嵐は、そちともう一柱の女雛が鎮めておったのう』
(もう一柱の女雛……リーリア様のことだわ)
魔神がアマーリエに視線を注ぐ。緩やかな動作で腕を下ろし、思い出すように告げる。
『照覧祭の折、雛たちが落ち着き払っておる中、一柱のみ慌てふためいておったそちのことは印象に残っておった。表情もじゃ。他の雛たちは完璧に整えた笑顔であったが、そちだけは素のままの笑みを寄越してくれた。ゆえ、今一度見えたいと思うておった』
(うっ……)
お前だけオタオタしてたぞ、と言われ、胸を抑えるアマーリエ。あの場で動揺していたことをしっかり見抜かれていた。すぐさま方々からフォローが飛んで来る。
《気にすんなユフィー、お前は美人だから焦ってる顔も可愛いんだぜ!》
《狼狽えるのも無理はありません。あなたはまだ場数が少ない身なのですから》
《作り物の笑顔ではないとお褒めいただいたのだから、良いではないか》
《確かに少々潰れ顔になっていたが、些細な変化だ。一般の神官たちは気付かなかっただろう》
まさに四者四様でやんやと慰めてくれる。一柱寂しく念話から外されている魔神は、それを知る由もなく続ける。
『此方は再度同じ神官に成りすまし、そちに会いに行った。何かしら理由がなくては不自然ゆえ、過日の嵐の際に救われたことにして、被害を受けた国におる人間の声をそちに届けたのじゃ。都合の良きことに、仮の出自として使ったエイリスト王国は被災地であったでのう』
アマーリエは小さく息を飲んだ。
「では、神官府の庭園でお会いした時のお言葉は――」
『実際にあの嵐で家族や友人を救われた人間たちが、そちに伝えたいと思っている台詞じゃ。とても多くの人間が、そちともう一柱の女雛に感謝しておる』
(作り話ではなかったのね……)
ふと気が付けば、フレイムたちがこちらに優しい目を向けている。アマーリエは無言で目線を下げた。純粋な嬉しさと面映さ、そしてそれ以上に、助けられなかった命への申し訳なさ。様々な感情が溢れそうになるのを堪えていると、麗しい魔神は続けた。
『とまれ、小さき雛たちを観察したことで答えは分かった。何故に神性を抑えておるのか――雛たちは被虐趣味なのじゃろ』
『『「「は?」」』』
自信満々に告げられた回答に、アマーリエたちの目が点になる。
『痛め付けられるのが大好きな雛たちが、あえて神格を抑制して難儀の中に身を置き、神器の暴走やら荒れ神の鎮撫やらを積極的に行なって傷だらけになり、真価を抑えた状態でどこまで耐えられるか限界を試しながら己の嗜好を満たしている。どうじゃ、正解であろ?』
『んなわけねーでしょ!? 勝手にストーリーを捏造しないで下さいよ!』
フレイムが叫んだ。もはや想像の域を超えた妄想である。魔神の精緻な美貌が驚愕に染まった。
『何っ、違うと申すか!?』
「違います違います、全然違います!」
問いかけるように注視されたアマーリエは、全力で両手を振って否定した。続けて目を向けられたフルードとアリステルも、顔面蒼白で首を横に振っている。
『そうじゃと思うたゆえに、そちに喜んでもらおうと三度も魔物をけしかけたのに……』
「ちょっとまって下さい全然嬉しくなかったですよ私! むしろ本気で恐怖を感じましたけれど!?」
(……って、三度? 牛と怪鳥と……あと一つは?)
ありがとうございました。




