34.謎めいた助言
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「えっ……」
思いがけない言葉に、咄嗟の返しが見付からない。
(そ、そんなこと言われても――だってあなた、現にあの時降臨なさったじゃないですか)
だが、天の神相手にそんな台詞を発するわけにはいかない。
「何か理由があるのですか?」
「ふふ、いずれ知ることになる。今は秘密だ」
「……では、どうして家系図を調べる必要があるのでしょうか?」
(――あっ、そうだわ。わざわざサード邸に帰らなくても、役所で写しをもらえば良いじゃない。そうしましょう)
内心で閃いたアイデアに、密かに頷いていると、邪神は含みを持たせた声で言った。
「君には近く、家系図にある情報が必要になる。だが、その理由は今は教えない。君は今後、聖威師として自分で考え、判断を下さねばならない場に幾度も遭遇する。自分で考える癖を付けなくてはならない。すぐに答えを明かすばかりでは君のためにならない」
そう言われては反論できない。アマーリエは押し黙った。
「良いか、細部まで徹底的に調べろ。今から予習をしておけば後が楽になるだろう」
三日月の眼で笑みを刷いた邪神は、ふと声音を和らげた。
「調べてみても何も分からなければ、どういうことか聞きにおいで。解答を教えてあげよう。神は同胞に甘いから、おねだりされたら教えてしまうのだよ。むろん、答え合わせも大歓迎だ」
クスクス笑ってそう告げ、末の邪神は唐突に話題を変えた。
「時にアマーリエ、君は鴨料理は好きかい? 美味しい鴨の話をしよう。ねえ、弟が鴨なら兄も鴨になるべきだと思わないか」
「は? 鴨? え、ええまあ、そこそこ好きですけれど」
何の脈絡もなく鴨鴨と連呼し始められ、アマーリエは目を白黒させながら応じる。
「それは上々だ。ふふ、せっかく自分から大きなネギを背負って来てくれたのだよ。一の兄上は僕が最高の鴨鍋に調理してやろう」
「……はい?」
藪から棒に、今度は一体何の話だ。というか、この神は先程から何を言っているのか。もう訳が分からない。
付いていけず呆気に取られていると、ラミルファはあっさり気配を豹変させた。畏敬を帯びた気迫が消え失せ、いつもの軽薄な笑みが端整な容貌を彩る。
「僕が言いたいことはひとまず以上だ。先ほどの泥団子はもらっておこう。まぁ、今後何かあったら言うが良い。可能な限り力になってやるとも」
ヘラリと告げた時、フレイムが戻って来た。
「戻ったぞユフィー。……ってラミルファも一緒か」
「おかえり、フレイム」
アマーリエは急いで夫に駆け寄る。瞬く間に心が安堵に満たされた。ほんの少し離れていただけの姿がたまらなく愛おしい。
「リーリアが泣き落としてくれてな、泡神様は白旗を上げたぜ。滞留書の更新ができず聖威師が昇天しなければならなくなったら、本気で泣きます、もう一生笑わずにずっとずっと泣き続けますわぁ、って言われて、慌てまくってた。今は水神様を説得してくれてる」
帰ったばかりのフロースが舞い戻って来たので、水神の従神たちは驚いていた。リーリアもフロースの許可を得た上で、念話で水神に懇願しているようだ。どうか滞留書の原紙を元通りに返してくれと。
「リーリアは水神様にとって大事な義娘だ。息子と義娘の声に応じてくれれば良いんだが……暴神の件があるからな。聖威師たちを廃神にさせないことを優先して、水神様も引かないかもしれねえ。泡神様だって、本当は水神様と同じ考えなんだろうしな」
「そう……私にも何かできることがあれば良いのだけれど」
「今はひとまず待ってみようぜ。ところでセインたちは一緒じゃねえのか?」
「フルード様とアリステル様は賓客室にいるわ。私は少しだけ庭を見に来たの。ぐちゃぐちゃになってしまったから」
「後で直せば良いさ。俺がちゃちゃっと元通りにしてやるよ」
「魔神様が再襲撃して来たら、また荒野になるだろうがね」
慰めるフレイムに、ゆったりと近付いたラミルファが茶々を入れた。山吹色の瞳が、邪神の視線と混じり合う。
「一応礼は言っとくぜ。ユフィーたちを守ってくれて助かった」
「ふふ、君もご苦労であった」
腕組みした邪神が尊大に告げ、さらに唇を動かす。
「そうだ、追加の報告だよ。先ほどの念話で伝えようと思っていたが、言う前に切れてしまったからね。どうやら……」
だが、その言葉を遮るように、カタンと微かな音がした。
ありがとうございました。




