33.君を守る
お読みいただきありがとうございます。
どうしたのだろうと思いつつ、アマーリエは聖威を発動させる。異空間に収納していた物を取り出し、両手で持って差し出す。黒い紙に包まれた丸い何かだ。
「あの、よろしければこちらを」
「何だい?」
一つ瞬きしたラミルファが受け取った。細い指が紙を開き、中に包まれていた物を見てコテンと首を傾ける。
「……これは?」
「泥団子を乾かした物です」
「それは分かる。どうしてこれを僕に、という意味だよ」
黒い紙の中には、僅かに茶色がかった泥土を丸めた団子が数個入っていた。既に乾燥しているので、臭いはほとんどない。
「神官府には人間の基準で綺麗な物がたくさん置いてあります。悪神にとってはお目汚しではないかと気になっていました。ですから、汚い、あ、人間基準で汚い物を一つ二つお渡しできればと思ったんです」
とはいえ、泥団子自体は子どもも作って遊ぶ。公園の砂場などを使えば、汚いとまで言える物ではない。なので、できる範囲で工夫した。
「大雨が降った日に、神官府の裏に茂っている森林の奥に行って、濡れた腐葉土を団子にしてみました。それから、道路の側溝に溜まっている泥をすくって丸めたりとか。フレイムには見付からないようこっそりと」
「……崇高な聖威師様がドブさらいをしたのか?」
「ラミルファ様は聖威師よりさらに高貴なる御方ですから」
目の前の神が時たま言い放つ台詞をもじって返すと、彼はまたも無言になってしまった。少しの黙の後、若干低い声を発する。
「何故ここまでする? 君と僕の出会いは最悪の形だったと思うのだが。9年越しに再会した時も、君の獅子を傷付けた」
「9年前に関しては、ラミルファ様は悪神でしたし、その後で神託も出して下さっていたのに地上側の落ち度で届かなかったという事情もあります」
主に母ネイーシャの生家とシュードンが取った行動のせいである。
「星降の儀でラモスとディモスが攻撃されたことは、あの子たち自身があなたを恨んでいませんから。むしろ感謝しているのです。終わってみれば全部良い方に転がったと」
ディモスが瀕死になったことでアマーリエの心が解き放たれ、その輝きに魅入られたフレイムに見初められた。結果的に全てが最善の形で収まったのだと、聖獣たちは言っていた。
「神同士は同胞を嫌いにならないのでしょう。悪神基準では綺麗でない私にも、とても親切に心を砕いて下さっています。だったら、私も同じようにします」
「…………」
媚びる気持ちは一切ない。そもそも自分の主神はフレイムなので、ラミルファにおもねっても意味がない。全て素直な心のままに行った言動だ。
言いたいことを述べ終わり、少し待ってみたが、返事は来なかった。感情の読めない瞳で視線を落としているラミルファは、何も語らない。
(……マズかったかしら?)
悪神である彼には、このような邪気のない言動は逆に不快だっただろうか。
泥団子にしても、彼の基準からすれば汚くも何ともないかもしれない。だが、神官府で時たま取り出して見るかもしれないことを考えると、生ゴミや吐瀉物などはさすがに渡せなかった。他の神官たちもいる以上、臭いや衛生面で問題がありすぎる。
(もしかして、全部裏目に出てしまったかも……)
対応を間違えたかと、背に冷たい感覚が走った時――ようやく邪神が動いた。
「――そうか」
短く言葉を転がり落とし、黒い団子が乗った紙をきちんと包み直して懐に入れる。悪神に見合わぬ丁寧な所作だ。フレイムもそうだが、意外と几帳面なのだろうか。
固唾を飲んでその動作を見守っていると、灰色がかった緑の瞳が上げられ、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「――守ってあげよう」
「え?」
今までに聞いたことがないほど、優しく柔らかな眼差しと声。
「君を守ってあげよう、アマーリエ。この僕が、君を守る。だから安心するが良いよ」
「はぁ……ありがとうございます」
(守るって、私をよね? ……ええと、何で? 誰から、いえ、何から守るの? というか、何で守るの? 私にはフレイムがいるのに)
どういうことだろうと困惑しながら頷くと、邪神は整った唇の橋を持ち上げた。
「アマーリエ・サード。サード家の娘」
厳かさを帯びた神の託宣が紡がれる。
「今度時間を見付けて、生家にある家系図の確認をしてみることを勧める」
「はい?」
今度はいきなり何だ。
(サード邸は今、空き家状態のはずだけれど)
アマーリエが聖威師としての邸を与えられ、ダライたちは服役中のため、住む者がいない。
まだ資料などが残っており、何かの時に活用できる可能性もあることから、定期的に人を送って最低限の清掃や管理はしているが、それだけだ。
アマーリエの実家ということで興味を持たれ、侵入しようと試みる輩が出ても困るので、邸の周囲には結界を張っている。
(正直、あまり帰りたい場所ではないわね……)
良い思い出が少なすぎる。だが、それを言い出せない雰囲気を、眼前の神は放っていた。
「幼い頃、属国で君が使ったリサッカ。あれで悪神が勧請された。だが……いくら悪神がリサッカを好むと言っても、それだけで僕が降臨すると思うかい? たかが属国の、それも一私邸の私事で行われた貧相な勧請ごときに、禍神の御子たるこの僕が直々に応じるとでも?」
ありがとうございました。
末の邪神の裏話を短編・中編にまとめているのですが、今後の章で明かされる設定やネタバレが出てくるので、いつアップしようか検討中です。
少し先になるかもしれませんが、アップしましたらお知らせさせていただきます。




