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29.最愛のためならば

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 しばし修行時代のことを懐古していたフルードが、ふと思い出したように続ける。


「焔神様は怒りませんでしたね。叱ることすらしませんでした。注意したり諭したりはなさいましたが」



 ――セイン。お前は生まれてからたった9年間で、一生分怒鳴り散らされてボコボコにされたんだ。だからこれからは、もう怒られなくて良いんだぜ



 そう言って、どれだけこちらの覚えが悪くとも、同じことを間違えてしまっても、決して苛立ったり叱咤したりしなかった。俺の教え方が良くなかったんだと言って、根気強く何度でも教えてくれた。

 厳しく指導して伸ばしていく方法もあるが、フルードに関しては元から残忍な暴力で自尊心が砕けていたので、その上さらに打ち据えれば木っ端微塵になるだけだと分かっていたのだ。


「気配を殺す練習でかくれんぼをしていた時は、私は隠れている内に眠ってしまって、ハッと目が覚めたら毛布がかけてあって、隣で焔神様が一緒に寝ていました。私を探しに来たものの、起こすのが可哀想でじっと見ている内に眠ってしまったらしいです」


 そこにやって来た狼神に発見され、何をしとるんですかあなたたちは、とまとめてお説教を喰らったそうだ。


「私も葬邪神様に聖威の編み方を教わったことがある。だが、途中から編み物に夢中になってしまわれ、お前にトートバッグを作ってやるとか何とか言い出してせっせと神威の蔓を編んでいるのを鬼神様に見付かり、自分の趣味に熱中するなと叱られていた」


 続いたのはアリステルだ。フルードと同じ(えにし)の神である彼は、細長く伸ばした聖威で縁を操ることがあるらしい。糸、紐、縄、鎖の順に強固になっていくようだ。ちなみに、フルードは縁の力を込めた聖威を矢に変えて放ち、良縁を指し示して結んでやることもあると聞く。


「それなら焔神様も――」


 フルードが再度言葉を発し、いつの間にか、レシス兄弟の修行時代の思い出話が始まった。


(ラミルファ様もご兄弟を指導されていたのだから、エピソードがあるかもしれないわ)


 顔を突き合わせ、笑顔でかつてのことを語り合っているフルードとアリステルから目を逸らし、アマーリエは隣に座るラミルファを見た。


「ラミルファ様は何か――」


 話を振りかけた声が途切れる。いつの間にか無言になっていた末の邪神は、呆然とした面持ちで兄弟を見つめていた。瞠目した灰緑の双眸が揺れている。色白の細腕は、塗り椀を持ったまま微動だにしない。


(ラミルファ、様?)


 明らかに常とは違う様子に喫驚するアマーリエだが、何となく声をかけ難い。

「…………」


 どうしようかと数瞬迷った末、今は何も言わないことにした。


「――まぁ、そんなことがあったのですか」


 何事もなかったように大神官兄弟に向き直り、相槌を打つ。そうして笑顔で話している二人を見ながら、未だ硬直している邪神を横目に映し続けた。


 ◆◆◆


(手っ取り早く協力してもらうとなると……やっぱ愛し子を引き合いに出すか)


 天界にて、思案を巡らせるフレイムの脳裏に浮かぶのはアマーリエ。彼女のためなら、自分は何でもする。彼女の言葉なら全力で応える。自分は尊重派だが、仮に彼女に懇願されれば、穏健派にでも強硬派にでも転向するだろう。


 次いで頭をよぎるのは、フルードを見つめるラミルファの眼差し。

 少し前、丸二日間に及ぶ神官府の神事をこなしたアマーリエとリーリアが、その分の休暇をもらったことがあった。そして、リーリアがアマーリエの邸に泊まりで遊びに来たのだ。

 女性同士水入らずで話したいだろうと思ったフレイムは、フルードの邸に泊まらせてもらった。フルードも同じ神事に参加して休暇を取っていたからだ。


 そこで見たのは、いつも通りおっとりした笑顔の弟と、怖いほど上機嫌な邪神だった。

 茶を飲む時、食事をする時、邸の庭を散策する時、部屋で本を読む時、歓談する時、常にフルードの横にラミルファが張り付き、蕩けるような幸福顔を浮かべて己の宝玉をじいぃぃぃぃーっと見ていた。


 フルードがベッドに入る時も、眠っている間も、起きるまでも起きた後も、何をしている時も目を離さず、ひたすらにこにこにこにこにこにこにこにこしながら、とにかく満面の笑顔で自身の掌中の珠を眺め続けていた。まさに一日中、一瞬たりとも途切れることなく。重度のストーカーも真っ青である。


 当のフルードは、『プライベートの時のラミ様はいつもこんな感じなので、もう慣れました。でもお兄様だってラミ様と似たようなものですよ』と呑気に微笑んでいた。


 もしもフルードが、『星明かりが眩しくて眠れない』と言えば、あの邪神は即座に宇宙の星々を跡形もなく消し飛ばし、暗黒の空にしてしまうだろう。『青い薔薇が欲しい』と言えば、世界中の花々を残らず薔薇に変えた上で、全てを真っ青に染め上げて差し出すに違いない。


 愛し子ないしそれに匹敵する存在のためならば、神は全てを投げ打つ。それを再認識しながら、フロースに必殺の言葉を放つ。


『なら、リーリアが地上に留まることを望んだなら、滞留書を返すよう水神様に頼んでくれるか?』

『良いよ』


 先ほどよりさらに早い速度で、正反対の返事が飛んで来た。


『レアナが望むならそうする』


 例え、切願を達成する格好の機会を逃したとしても。


『ふーん、分かった』


 打てば響くように、フレイムはリーリアに念話した。

ありがとうございました。

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