28.細工したのは
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紡がれた言葉に、フレイムは軽く眉を寄せた。
『奪って破るんじゃなくて細工か。セインの滞留書に手出し云々って話を聞いた時は、てっきり強奪して破損させるって意味だと思ってたが』
『そうしたいと父神は言っていた。これは前に伝えたと思う。――けど、実際にそうして欲しいという依頼を受けたとは言っていないよ。父神から託された頼み事は、また別のこと。今言った通り、細工だよ。パパさんが異変を感じ取れないよう、複製に術をかけて欲しいと依頼されたんだ』
澄まし顔でのたまう泡の神に、内心で舌打ちする。あの時は本当の狙いを悟られないよう、わざとフレイムたちが誤解するような言い回しをしたのだ。
天界の原紙と箱に手出しをしているのは水神。もしもフルードが異変を感じるとすれば、水神の神威を感知するはずだった。ゆえに、父神に近い神威を持つフロースが複製の方に細工し、ほんの僅かに漏れている水神の気を中和できれば、変事を察知される可能性はなくなる。そうすれば水神も安心して作業に集中できる。
ただし、フルードは焔の神器に守られているため、工作を行うならば複製に直接触れ、直に力を注がなければならなかった。そうでなければあの神器に気付かれる。
そこで、フルードの懐に入れるか軽く試してみたが、ラミルファが片端から弾いたので、早々に無理だと悟った。
『だけど、パパさんの懐には入れないと分かったから、すぐに諦めた。焔神様の言う通り、無理をして違和感を持たれたら元も子もない。焔神様と邪神様の注意を引き付けておくのが最優先だと念押しもされていた』
『いざとなった時、俺が本当に聖威師の意向を汲むか探れってのは?』
『それは別件だよ。滞留書を無効化できようができまいが、把握しておいて損はないことだから、できれば調べて欲しいと言われた。強硬と穏健と尊重が拮抗しているのは本当だし』
そこまで話し、フロースはふぅと溜め息を吐いた。
『それから、これは聞かされていなかったことだけど……父神が腰を上げたのは、暴れ神のこともあったんだと思う。さっき聞いたよ。眠れる神々の中にいる暴神のことを。聖威師を廃神にさせないことを最優先かつ最重視したから、御自ら動かれた』
『ん? お前、暴れ神のこと知らなかったのか?』
狼神の口振りでは、それがメインの理由のように感じたが。
『私に言ったら怖がると思ったらしい。愛し子探しや特別降臨をするどころか、自領に取って返して完全に引き篭もりになると心配して、言わなかったそうだよ。だけど、愛し子を得て変わったし、外に出るようになったからもう大丈夫だろうってことで教えてもらった』
『父心ってやつだな……』
水神も水神で色々と苦労しているのかもしれない。
だが、仮に暴れ神のことを最初から聞かされていても、フロースは降臨したのではないだろうか。元々、ウェイブがオーブリーに罰を与える計画は知らされていたのだから、オーブリーと同じテスオラ神官府にいるリーリアに火の粉が飛ばないかを案じて、様子を窺おうとした可能性は高い。
フロース自身に自覚はなかったようだが、潜在意識ではリーリアのことをずっと気にかけていたようだから。
『天界の滞留書は、今は父神が持っている。火神様たちに気付かれないようにしながら、箱の結界を一部無効化して取り出すのに難儀したけど、数日かけて何とかね』
火神は尊重派だ。フレイムの妻であるアマーリエを自分の義娘として可愛がっているのはもちろん、フルードのことも、フレイムの義弟なら私の義息子だと主張して大切にしている。水神の動きを知れば、おそらく聖威師の味方に立って止めようとしていただろう。
『まさか原紙を破ったり天界の箱を叩き割ったりしてねえだろうな?』
『それはしていない。原紙と原紙の箱にそういうことをしたら、問答無用で最高神全柱に伝わるようになっているから』
ただ、箱から出されてしまったので、地上の写しとの繋がりは途絶えてしまい、更新もできなくなった。いくら地上で複製を箱に入れようとも、天界の箱の方が空っぽだからだ。
『そうか。……今話したことは水神様に直接聞こうかと思ってたんだ。けど、お前から聞けたからもう良い。――泡神様、水神様を説得してくれ。滞留書を返して欲しいと』
既に原紙は水神の掌中に抱え込まれてしまった後だ。火神に事情を話して泣き付くことはできるが、そうしたところで水神と火神の正面衝突など起こせない。
何より、水神や狼神、葬邪神も、自分たちの身勝手でやったわけではない。聖威師が還るべきだと主張する声が少なからずあり、眠れる神々が目覚めれば神会議が開かれ、暴神の脅威も迫っており、と、それなりの理由が幾つも重なった上での行動だ。
特に暴れ神に関しては、万一本当に廃神にされてしまえば取り返しが付かない。それを鑑みれば、水神たちの行動にも正当性がある。ゆえにこそ、こちらの主張ばかり押し通せない。どうにか穏便に納得してもらわなくてはならなかった。
だが、フロースが了承するはずがない。即答で否が返る。
『嫌だよ。せっかく悲願が成就しそうな好機を、みすみす無に帰すわけがない。焔神様と邪神様は優しいから、私が説得を拒んだとしても、荒ぶる神威で脅したりなんかしないだろう?』
『そりゃしねえけどさ……』
やはり簡単に応じてはくれないようだ。当たり前だが。面倒くせえなあと呟き、フレイムは意識を巡らせた。
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