27.フレイムとフロース
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(何が私の愛し子だ)
気配を殺して転移先に降り立ち、フレイムは半眼で虚空を睨む。
(セインは俺の弟だっつの)
末の邪神が聞いていたら、『いや、僕の宝玉だ』と言って参戦しただろう。だが、ここにはフレイムしかいないため、不毛な論争は起こらなかった。
(さて、今度の相手はさすがに気を遣うな。俺より格上なんだし)
真の神格である焔火神の神性を出せば対等になるが、そこまでして乗り込めば完全に喧嘩を売る形になる。さすがにそれはまずい。最高神同士の諍いなど起きてはならない。
(よし、行くか)
内心で気合いを入れる。視線の先にそびえる巨大な門は、目指す神の領域へと繋がる入口だ。そちらに向かって足を進めると、門が向こうから開いた。こちらの訪れを察したのかと思ったが、違うと気付く。
『末御子様、またいつでもお越し下さい』
『御父神様もお喜びになられることでしょう』
目的の神に仕えている従神の中でも、特に高位に位置する筆頭従神が二柱、礼儀正しく叩頭している。
『また来る』
傅かれるのが当然という態度で、礼を受けた神が身を翻した。
白水色の長髪、僅かに灰色がかった白瞳。ここしばらくですっかり見慣れたその姿が、フレイムに気付いて動きを止める。キョトンとこちらを見る眼差しに、悪意や邪気の気配は見えない。
『――焔神様、あなたも還っていたのか。どうしたんだ、父神に何か用か?』
『よぉ、泡神様』
首を傾げるフロースに、フレイムはヒラリと手を振る。チラと水神の神域へ続く門を見るが、既に閉じていた。最敬礼して主神の末御子を見送った従神たちの姿も、閉ざされた入口の向こうに消えている。
『今、地上でちょっとした騒ぎが起こってんだ。セインの持ってる滞留書が更新できねえみたいでな』
『ああ、そうだろうね。上手くいったから良かった』
ケロリとした声で紡がれた返事はあまりに軽やかで、思わず聞き流してしまいそうになるほどあっさりとしていた。
『これで聖威師たちは天に還って来てくれる。私の大事な大事な同胞が。レアナもパパさんもママさんもアマーリエも。ああ嬉しいなあ』
どこまでもにこやかに、泡の神は喜びの声を上げる。
『私の演技はどうだった? 頑張ったんだよ。きっと邪神様がパパさんのために降臨すると言われていたけど、私がそれを知っていたらおかしいから、あなたと一緒に驚いたフリをしたりとか、他にも色々。中々上手かっただろう?』
『……最初からこれが狙いだったのか?』
頭をガリガリとかき、フレイムはあーもう、と呻く。
『お前は特別降臨した後、緊張してることにかこつけて神威をガンガン垂れ流してた。あれはわざとだったんだな』
『うん。邪神様が神官府を探査するのを阻害してたんだ』
返事と共に向けられたのは、一滴の悪気も敵意もない純粋な笑顔。フレイムは内心で舌打ちした。
(神は同胞に甘い。単独降臨した緊張で怯えてる泡神様が相手なら、ラミルファは強硬手段に出ねえからな)
『更新室を――もっと言えば、更新室の中にある箱を視られたら、繋がってる天界側の箱や滞留書に現在進行形で手が加えられてるってバレるかもしれねえからか。ちょうどあの時、細工してる途中だったんだろ。それが完了するまで、気付かれるわけにはいかなかった』
異変の気配に気付かれるとすれば、まさに工作が行われている瞬間だ。終わってしまえばこちらのもの。だが、完了前に気取られて止めに入られてしまえば、まさに全てが水の泡だ。泡の神だけに――と、洒落になっているのかいないのか分からないことを考えていると、当事者は嬉しそうに肯定した。
『そうだよ。焔神様や邪神様は呑み込みが早いから、話がスムーズに進んで良いな』
『全然良かねえわ! ……つか、だったら何でセインの持つ滞留書に手を出そうとしたんだよ』
フロースはフルードが管理している複製を狙い、幾度か懐に入り込もうとしていたはずだ。ラミルファに阻止されていたが。
『そんな動きをして何かおかしいと勘付かれたら、せっかく意識を逸らさせた複製に目を向けられちまうだろ』
『違和感を覚えられるところまで深入りするつもりはなかったよ。……特別降臨の際に父神から頼まれたのは、できそうならパパさんの複製の方にも細工をして欲しいということだった』
ありがとうございました。