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25.修行の思い出

お読みいただきありがとうございます。

 間を置かず返って来たのは肯定だった。


「ああ。それにラミルファ様と、葬邪神様にも教えていただいた」

「この子たちが主だって師事したのは、フレイムと一の兄上だ。僕は少し補足的な指導をしたにすぎない」


 フルードはフレイムが、アリステルは葬邪神がメイン指導者だったそうだ。そこに、それぞれの主神やラミルファが副次的に教えていた。


「フルードに教える際は、フレイムが同席していない時や場所を狙ったよ。アイツと顔を合わせたら指導どころか喧嘩になってしまいそうだったから」

(そういえば、星降の儀で数十年振りに顔を合わせたと言っていたわね)


 自分の最大の転期にもなったあの儀式のことを思い出していると、ラミルファが無造作に隣に座った。手には自分の塗り椀と箸を持っている。


「どれ、手本を見せてあげよう。フレイムにも教わっているのだろう?」

「はい。けれど、毎日実習というわけにもいかなくて……」


 夜勤の日もあれば、朝や夜に緊急任務が入ることもある。皇国料理だけでなく、特殊な食べ方がある帝国の地方料理の作法なども覚えなければならない。


「夕食のついでに少しだけ練習するくらいでしたから」

「なるほど。フルードのように、マンツーマンで常時みっちり指導を受けられる状況ではないからな」


 頷いた邪神は、はアマーリエと同じ向きで箸を動かし始めた。


「上の箸はペンを持つ時のような形にすれば良い。支点になるのは親指で、人差し指と中指も合わせた三本で動かす。五本の指で使ってしまったり、箸の先端がクロスすると上手く物を掴めないから――」


 実際に箸を持ちながら、にゅう麺をひょいと数本掴んで実演してくれる。もう一度、一つ一つの動作ごとにゆっくりやってくれたので、それを見ながらアマーリエも真似してみたところ、先ほどより上手く摘むことができた。


「豆は食器から食器へ移す練習をしても良いと思いますよ。初めは食器同士を近付けて、段々距離を離していきます」


 フルードがえんどう豆をラミルファの染付に移した。


「私が焔神様の神域で練習した時は、あらかじめ決めた時間内で、自分の豆を相手の皿に移し合って、最後に皿を交換していました」


 たくさん移すことができれば、最後に皿ごと交換した時、その分多く食べられる。フレイムが作ってくれる美味しい豆料理が食べたくて、一生懸命に頑張ったのだという。


「ただし、箸の持ち方を間違えてしまったら自分の皿に5個追加されてしまいます。3回以上間違えたら10個追加です」

「何だか面白そうですね」

(ゲーム感覚でできるわ)


 思わず目を輝かせるアマーリエに、澄み切った碧眼が微笑みかけた。


「焔神様に、私の時と同じように教えてくれと頼めば良いのです。きっと喜んで快諾してくれますよ」


 当時はまだ10歳にもなっていなかったフルードと違い、アマーリエはもう18歳。立派な大人だ。遊びのような形式を取り入れれば、ふざけている、子ども扱いしているとも取られかねないと思い、フレイムからは言い出さなかったのではないか。フルードはそう推測した。


「楽しんで学べるやり方は好きです。フレイムが相手なら、あっという間に豆だらけにされそうですけれど……」

「フレイムがそんなことをするはずがないだろう。君がたくさん食べられるよう、手を抜いて抜いて抜きまくるに決まっている」


 肩を竦めたのは邪神だ。フルードも何かを思い出すように笑って頷いている。きっと彼が練習した時もそうだったのだろう。


「一の兄上もそうだっただろう、ヴェーゼ」

「はい」

「アリステル様と葬邪神様も同じような練習をなさっていたのですか?」

「ああ。だが私の場合、最後の皿交換がなかった。最後に互いの皿に残った豆が、自分の取り分になる」


 え、とアマーリエは目を瞬かせた。フルードもだ。


「アリステル様、それでは練習にならないのではありませんか?」

「相手の皿に移した分だけ自分の分が減ってしまうのなら、本気でやらないでしょう」


 聞いていたラミルファが小さく噴き出し、アリステルが美しい容貌を顰める。


「いや、豆は激辛のとうがらし入りだった。しかも、わざと焦がして不味く作ってあった。だから必死で葬邪神様の皿に入れまくっていた」

「「…………」」


 アリステルは――おそらくフルードもだろうが――幼少期の生育環境が悲惨極まりなかったため、泥水の中に放り込まれた物でも、汚い靴で踏み付けられた物でも、カビが生えて腐った物でも、どんなものでも食べていたそうだ。選り好みなどする余裕もなければ、そもそも好き嫌いをする発想自体がなかった。

 だが、聖威師になりまともな食事を知ってしまってからは、なるべく美味しいものを食べたいという贅沢を覚えてしまったのだという。


 それは贅沢ではなく当たり前の欲求なのではないかと思うアマーリエだが、アリステルは懐かさを帯びた眼差しで続けた。


「だが、葬邪神様もお優しかった。とても手加減して下さったから、激辛の黒焦げ豆は結局ほとんどあの方の皿に移ってしまって、私はほとんど食べずに済んだ」


 あまりに葬邪神の皿に豆がてんこ盛りになるので、途中でアリステルの方が遠慮して動きを鈍らせかけた時は、『気にするな。生粋の悪神は激マズ料理が大好物だから、これはむしろご褒美なんだ!』と言ってはははと笑っていたという。


「焔神様もそうでした。ご自身の手はあまり動かさないのです。自分の分が減っていくばかりなのに良いのかと思って見上げると、嬉しそうにニコニコ笑って、ほら移せ、もっと移せと仰ってくれました」

「ええ、フレイムならそう言うでしょう」


 意識せずとも、自ずと瞼の裏に浮かぶような光景だ。幼いフルードがせっせと箸を動かし、それを微笑んで見ているフレイムを想像してほんわかしながら、アマーリエは心から同意した。

ありがとうございました。

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